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火神


 シュッ。パアン。シュッ。

 

 足首まで伸びた草の上を二つの影が動く。

 互いに円を描くように回り、相手の様子を見て飛び込む。交差し、布地が張ったような甲高い音を立てると離れた。

 

 そしてまた円を描くところから繰り返す。青空の下で聞く彼らの音はとても爽やかでであった。

 

 ふいにグリゴリーとアレクサンダーは動きを止めた。

 

 先程まで戦い合っていた彼らは、汗を流しながら笑った。


「アレクサンダー。お前本当強いな」

「貴方こそ。武術でここまで対等な人間は初めてだ」


 勝敗はつかなかったが互いを称え合う二人。


「グリゴリー殿、そろそろ時間だ。火神様の元へ向かおう」

「もうそんな時間か」

「夢中になってしまっていたからな。疲れなければずっと気付かなかったかもしれないな」


 ははは。とアレクサンダーは大きく笑う。

 

 初めて会った時は、偉そうな奴かと悪印象を持っていたが、グリゴリーはその印象を改めていた。

 

 神殿に案内されて、廊下を歩きながら二人は話す。


「しかしあの日から丸一週間。貴方も随分と元気になったな」

「ああ。今ここに来てマーシャのことを心配しても仕方ないし、火神様がもしまともな神だったなら治し方を教えてもらうと考えてる。体のほうも旅の間俺は何もしなかったし、完調だ」

「前向きだな。とてもいいことだ」


 そしてまたアレクサンダーは大きく笑った。


「そういえばブラダィヨー殿はどうしたのだ? 彼の要請があったからこそ、私は貴方を助けに行けたのに」


 元々、氷国の神殿は怪しい動きが多かった。

 だからブラダィヨーは弱みがあると思って日頃から詮索をしている内に、今回の一件について知ったたそうだ。そしてその後は、以前からよく交渉していたアレクサンダーに自分たちの救助を頼んだらしい。


 グリゴリーは改めて幼き頃からの悪友へ感謝しながら、指をどこか適当なところへ向けた。


「商売だよ。せっかく火国に申請無しで入ったからには、本来払うはずだった通行料全部、仕入れ代にするとさ」

「ははは。相変わらず商魂逞しい人だ。そういうところが気に入っている」

 

そのまま話を盛り上がりながら足を進めていると、火事が壁の間で起きていた。


「もしかしてあれは」

「そうだ。火神様の部屋だ」


 火事は部屋の門だった。

 

 二人が前に立つと、どこからか炎の中央が裂ける。


「では私は外で待たせてもらう。火神様たっての要望でな」

 

 アレクサンダーとは離れて、グリゴリーは独りで部屋の中へ入った。

 

 一瞬、炎に熱さを感じて躊躇する。

 しかし臆さず奥に進むと、すぐに変化が起こった。


 ――暖かい。


 入口を越え、部屋の中央に座する火神を見た最初の感想はそれだった。

 

 氷神と同じ理解できない形状をしているものの、見ていても極端に疲れるということはなかった。あちらの神が部屋にいるものを攻撃しているとするのならば、こちらは入ってきたものを守っているというところか。実際に盾で守られているというわけでなかったが、見ていると全身が優しく包まれているという感じがした。


 熱さがいつのまに心地よい暖かさになっている。


 炎のような太陽のような溶岩のようなそれが、グリゴリーへ話しかけた。


「普通はこうやって見ているものたちへの配慮をするもの。やはり堕ちたか」


 心を読まれたのだろう。

 

 グリゴリーは一々考えるということを止めて、思ったことをすぐ口に出すことにした。


「分かっていると思うが、俺がグリゴリーだ。話は何だ?」

「氷神について、いや正確にはサンタクロースのことについて」


 それを聞いて、グリゴリーは抑えていた怒りが噴き出した。


「マーシャが何だって言うんだ? こっちはすぐにでも助けへ戻りたいというのに、あんたが呼んだっていうから来たんだぞ」

「そのことついては悪く思っている。だが、この話は伝えておきたい――サンタクロースはまだ平気だ」

「何っ!?」


 驚くグリゴリーの前で、火神は宙へ映像を浮かせた。

 

 映像の中では氷神が玉座のようなものに座り、その手の上にマーシャが入ったあの機械をコレクションのように扱っていた。


「何だこれは?」

「念写だ。サンタクロースはもう機械に入れられているが、あの液体に人間が馴染むのには三

週間はかかる。それまでにここへ連れてきてくれれば自分が治療しよう」

「……分かった。ありがとう」


 礼を言うグリゴリー。


 少々の混乱があったので、落ち着かせてから火神は会話を再開させる。


「他にも、おまえには話しておきたいことがある」

「何だ?」

「まず、なぜ戦争が起きているのかおまえは知っているか?」

「……よく考えたことがなかったな。起きるのが当たり前って思っていた」

「物事には何についても理由は必ずある」

「それもそうだな……じゃあ馬鹿の俺なりに考えてみるよ」


 村長の話や氷神の志から、グリゴリーは推測した。


「国ごとに自分たちの領地を拡大させようとしているってところか? 領地が増えれば増えるほど国の資源が潤う」

「半分正解だ。通常の国家間の戦争ならば、それは完全の正解だったろう……領土拡大のための最も効率的な手段は相手の国を壊滅させるか乗っ取りをすることだが、前提としてそれが不可能にあたる」

「五国条約」

 

 古の時代。五国が誕生したとき、神の下で決められた条約だった。

 

 今でもその権限は絶対で、もしも破れば神から罰を受ける。


「そう。おまえたちの氷国と私たちの火国を含むこの島にある五つの国は互いに滅ぼしたり、乗っ取ったりすることは神の下で不可能になっている。もし五国の内どれかが弱まれば、他の国全てが援助することにもなっている」

「じゃあ何で戦争なんか。せっかく奪ったものも返してしまうし、亡ぶ前に助けてくれるのに」

「より力を掴みたいという王や権力者の野望。生活を充実させたいという欲望。民を救わなければならないという責任……人の考えは多々ある。だが神々は人間社会におけることについては最悪を行さない限り見守ることしかしないようにしている。人間には人間のみの力によって、進化と成長をしていってほしいからだ」

「国を滅ぼさせないのはそのためか?」

「そうだ。それと国が亡べば、そこの柱の神は死ぬ。そうすればいずれ島ごとみな絶滅する――神々は未来を予知して、方針を決めている」

 

 災害。海外からの侵略。

 

 その他にも島の人間の手には余ることが起こると、神は住民を守っているらしい。


 神のシステムを理解したグリゴリー。

 彼は諦めた表情で、両掌を上にして掲げる。


「なるほど。だったら守られている側の人間しかもその一個人の俺ではこれ以上は言えないな」

「我々は共存関係にある。人間の祈りが無ければ、力を失い、命も枯れていく」

「そうかい……ところでそれを俺に伝えてどうしたかったんだ?」


 言われたところで、納得することしかできず、何もすることは出来なかった。


「後で伝えたいことがある。そのために話しておきたかった」

「じゃあさっさと話してくれよ」

 

 グリゴリーが言うと、火神は拒否する。


「待て。その前に、おまえに問いたいことがある――おまえはこれから何をしようとしている?」


 一瞬、意図が掴めなかったが、考えてからグリゴリーは答えた。


「……氷国からマーシャを救い出す。そのために邪魔な奴がいたら全員倒す」


 聞いた火神の態度からして、どうやら間違ってはいないようだ。


 心を読める火神からは既に分かっていたようで、すぐに次の話を切りだしてきた。


「そうであろうな――ではおまえはなぜそうしようとしている? 何のために神を相手にしようとしている?」

「それは……」


 グリゴリーはしばらく悩み、あやふやな考えをまとめてから、結論を言った。





 開かれた炎から、グリゴリーが外へ出た。

 

 入る時には影も無かった赤石のブローチをかけている彼を、アレクサンダーが出迎える。


「そんなもの持っていたかね?」

「……土産だとさ。せっかく外国から来たんだから持っていけって」

「ほう。それは幸運だったな。神様から直接何かをもらうことなど、おつきの神官でさえ一生に一度あるしかないくらいのものだというのに。たいへん希少なものだ。故郷に帰っても大事に保管しておいてくれ」

「分かっているさ」

 

 グリゴリーは頷くと、傷つかないようにポケットへ入れた。


「それで話はどうだった?」

「マーシャを救い出すには期限があって、それが入れられてから三週間。ここで五日間、養生してから出ると丁度いいと言われた」

「それはよかった。して五日間どういうふうに休む気だ? 私は貴方に合わせるつもりだからしばらくここにいる。よかったら観光でもするか? いい武器屋が出店したらしいぞ」

「いや、修行する。前から試していたものを完成させたい」


 マーシャ奪還にはあの男――ミハイルが確実に立ちはだかってくる。

 

 格闘もコンティスションも上回る相手を倒すならば、()()を成功させるしかないとグリゴリーは考えている。


「といっても、あの技じゃ成功させても叔父貴を押し切れるかどうか……」


 グリゴリーは悩んでいると、神殿内の泉に見たことない生き物を発見する。


「アレクサンダー。あれは何だ?」

「デザートアリゲーターだ。そういえば氷国には、鰐の類はいなかったな」


 飼われているデザートアリゲーターは、折れた果物の木で遊んでいた。


 噛みつきながら砂場を転がっている。


「……もしかしたら使えるかもしれない」

「何がだ? ところで修行についてだが」 

「ああ。だからすまん。誘ってもらって悪いが、観光は他の人とでもしてくれ」


 断るグリゴリーだが、アレクサンダーは爛々と瞳を輝かせて食いついてきた。


「いや、私も付き合おう。己も観光よりも修行だ。いや五日間もあなたと隣で武を共有できるとは楽しみだな」

「そ、そうか。ありがとう」

「して試していたものとは何か?」


 グリゴリーが内容を伝えると、アレクサンダーはふむふむと頷いた。


「よろしい。それならいい方法を知っている……しかし五日間か。足りるだろうか。ミハイル

将軍とは何度か矛を交えたが、全てにおいて高い能力を持つ強敵だった……いや待て。これらをこう合わせればいけるかもしれない。グリゴリー殿、夜までに用意するから待っていてくれ」

「俺より張り切ってるよなあいつ」


 アレクサンダーは神殿の出入り口まで急いで駆け出した。


 負けないようにしないとな。

 グリゴリーは頬を叩いて、気合を入れる。


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