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金髪美女を想う


 一週間が経った。

 

 ブラダィヨーが運転するビリヴォスカーは帝都の周辺を抜け、辺境の地を移動していた。

 

 見慣れた村の横を過ぎ去り、グリゴリーの自宅へ到着する。

 

「おし。止まれブー」

 

 ブラダィヨーが手綱を引くと、猪たちは動くのをやめた。


 後部座席にいるアレクサンダーが口を開いた。


「どういうことだ? この先にある国境を過ぎればすぐに火国だぞ」

「しばらく走り続けましたから、将軍も疲れているでしょう。ですから今日はもうここでお休みくださいブー」

「何を言う? この程度で私の体がバテるはずがなかろう」

「実はビリヴォスカーで火国の大地を走るには専用の装備がいりまして、その装着をするのに時間がいるので、本日はここで待機してくださいブー」

「それならば仕方ない」


 媚びへつらったニヤケ顔で、何度も頭を下げるブラダィヨー。

 どうやらこれが彼の商人の顔のようだ。


 納得し、ソリから降りるアレクサンダー。

 

 小さなログハウスへ歩きかける前に振り返る。


「来ないのか? グリゴリー殿?」

「……」

「貴方のご実家だろう?」

「……」


 アレクサンダーが次の言葉をしゃべる前に、ブラダィヨーが話しかける。


「駄目ですよ将軍。あんなゴミと将軍が会話する必要なんてありませんブー。喋るだけで将軍を取り囲む空気が汚れますブー」

「……今は話さないほうがいいということか?」

「はいブー。将軍と喋る価値なんてあいつにはありませんブー」

「ブラダィヨー殿が言うということは、そういうことだな」


 説得されたアレクサンダーは、歩みを再開した。

 ブラダィヨーも後に続いた。


 グリゴリーは、独り、雪原に残された。


 雪原は今日も白い地平線を伸ばし続け、寒風を飛翔させる。


「……」


 帝都を出てからずっとマーシャのことをグリゴリーは考えていた。


 恩人で、愛する人で、恋する人。

 

 力を持っていたということだけで巨大な力を持つ存在に目を付けられ、犠牲を強要された。

 

 その運命を拒もうとしたが、己の力が足りなく、彼女は神の生贄となった。


「何でだよ……」


 たった一人で、何でも出来るなんて大層なこと思っちゃいなかった。


 だから助けを求めたのに、師や幼馴染は俺を裏切った。


 魔女の子と俺を蔑み、俺の傍にいる魔女を攫っていった。


 冷気がグリゴリーを襲う。戦いでボロボロになった服装の穴から、寒さは侵入してくる。まず皮膚を覆う薄毛が凍り、次に皮膚そのものが固まっていく。肉の薄いところから体温が下がっていき、耳はもう感覚が無くなっていた。


「……」


 こういう時、動けばいいのはグリゴリーが一番分かっていた。


 だが、彼はもう動けなかった。


 まるで時すら凍ったようだったように微動だにせず、死を待った。


 さらに時間が経ち、これで死ぬと経験で分かった段階までいったところで、誰かの声が横からした。


「あれ? 旦那じゃありませんか?」

「おまえたちは」


 ビリヴォスカーを、かつてグリゴリーの家を襲った盗賊三人組が囲んでいた。


 大から口を開く。


「旦那! お久しぶりです!」


 次は小が、


「待っていたんですぜ。帝都に行くって言ってからずっと帰ってこないんで」


 最後に中が、


「とりあえずお帰りなさいませ。旦那」


 頭を下げる。大も小も続けて頭を下げて、グリゴリーの帰還を祝福した。


 実はこの盗賊三人組。

 雪崩に巻き込まれたのをグリゴリーに救ってもらったのを恩義に感じ、グリゴリーを兄貴分と慕うようになった。

 悪党からも足を洗い、畑と家の修復も三人は手伝ってくれたのだ。


 グリゴリー自身も最初は疎ましく思っていたのだが、改心した彼らの様子を見て、受け入れるようになっていった。


「おい旦那が凍っちまってる。おまえデカいんだから脱いで、温めてやれ」

「はい旦那」

「小さいけどオレの分も」

「あっ、ズルいぞ。じゃあオレの分も巻いてください旦那」


 大、中、小。

 全員が上着を脱いで、冷えてしまったグリゴリーの体にかけた。


 少しだけ、暖かくなった。


 三人はグリゴリーの体をさらに温めるために、家のほうへソリを引っ張っていく。


「……すまない」

「これくらいいいんですよ旦那」

「そうそう。オレたちの悪行を止めるためじゃなく、働き口や飯も与えてくれて」

「カブ美味しかったな。でも近頃は旦那より、姉御のほうが料理上手になってたな」

「旦那。そういえば姉御はどうしたんですか?」

 

 姉御とは、マーシャのことだ。

 グリゴリーだけじゃなくマーシャのことも、三人組は敬っていた。


 三人の期待する目線から、グリゴリーは顔を反らすしかなかった。


「すまない…すまない…」

「いえですから旦那。オレたちのことは気にせず」

「おい」

「イテッ。いきなり肘で小突いてきて何だよ?」

「……そっとしておいてやれ」


 中が大を黙らせた。


 彼はグリゴリーに聞こえないよう他の連中へ小声で囁くと、それ以上は何も言わず、グリゴリーを家まで送っていった。






 時間が過ぎて、夜になった。


 あれから三人組が世話をしてくれて、グリゴリーたちはゆっくり休養できた。ビリヴォスカーの装備についても彼らが手伝ってくれたおかげで日暮れ前までに完了し、明日の朝一番にはもうここから出発できそうだった。


 夜中、グリゴリーは自室に独りでいた。


 身体を休めるようにとアレクサンダーたちが気を遣ってくれてのことだった。


「……」


 グリゴリーはベッドで横になりながら、窓を眺めていた。


「母さんが死んだ日の夜、ここからサンタクロース――マーシャが現れたんだよな」


 マーシャをサンタクロースと認識できたことで、出会った日のことをグリゴリーは明確に思い出した。


「――」


 声が大きく、おっちょこちょいな女性だった。


 奇怪な出現と人間離れした美しさが相まって、最初に見た時は恐ろしささえ感じた。


 でも彼女は優しく、俺の心を暖めるように穏やかに包んでくれた。


 そんなマーシャに、母を失ってすぐの俺は母性と細やかな恋慕を抱いた。


 憧れの存在は、ただ俺の心を癒すだけでなく願いさえ聞き届けてくれて――


「うっ、うう」


 グリゴリーのほんの少しの抵抗が、そこで決壊した。


 涙が雪崩のように溢れ出していた。


「会いたい。お礼を伝えたい」


 しかしどれだけ想おうが、もうマーシャには会えない。


 三人目の大切な人の離別は、完全にグリゴリーの心を引き裂いてしまった。


 かつての子供の頃のように、グリゴリーはうずくまって泣くことしかできなかった。


 ドーン!


「なっ」


 突然、部屋が開いた。


 グリゴリーがドアへ振り返ると、そこにはあの()()()()()()がいた。


 昼間、彼は弱っていたグリゴリーを馬鹿にしていた。


 ブラダィヨーは部屋に入ってきた。


「まだ泣いてるのかブー?」

「……」

「弱虫。泣き虫。図体だけがデカいモミの木」

「……」

「悪態すら吐けなくなっちまったかブー」


 呆れたように頭を片手で抑えたブラダィヨーは、部屋の中心へそのままドカっと腰を下ろした。


 胡坐の態勢で、グリゴリーと向き合う。


「弱いブー。()()()」 


 ブラダィヨーはまたグリゴリーを侮蔑した。


 一言言ってから、酒をコップへ注いだ。


「心のことだけじゃないブー。氷神には手も足も出ず、同じ人間であるミハイルやエヴァにさえ一方的だった。腕っぷしさえ、井の中の蛙だよお前は」

「……うるせえな」

「英雄の息子、魔女の息子、サンタクロースの恋人。どれも不相応ブー。お前みたいな図体だけがデカい子供には」

「うるせえって言ってんだろ!」


 折られ、心の傷口になった個所を掘り返すのはまだいい。


 だが家族のことについて無神経に踏み込まれるのは、さすがに怒りの頂点にすぐに達してしまった。




 くっくっくっ。




 怒鳴られても、ブラダィヨーはからかうように笑っている。


 グリゴリーは今すぐ飛びついて殴ってやりたくなったが、それでは結局反論が出来ないため、我慢して、悪友と話して部屋から出ていかせることにした。


 姿勢を直して、床に尻をつける。


 ブラダィヨーはまだ注いだ酒に手をつけてなかった。


「さすがに友達のお前でも、それは言ってはならない」

「知ってるブー。だから今日まで特に話題に出すことはなかった」

「じゃあ何でだ?」


 グリゴリーが問うと、ブラダィヨーは酒を眺めていた。


 揺れる水面に、月と、赤子の頃から変わらない小太りの顔が映る。


「自分たちが出会ってから友達になるまでの頃って今でも覚えてるかブー?」


 藪から棒の質問に面食らったグリゴリー。


 しばし腕を組んでじっとしてから、口を開く。


「すまん。覚えてない」

「だと思ったブー」


 失礼な答えだったのに、ブラダィヨーは実に嬉しそうだった。


「いつの間にか一緒になってて仲良くやっていた」

「親の代から金持ちで村でいじめられていた自分を助けてくれたブー。それでその強さに嫉妬した自分がずっと罠にかけてたはずなのに、お前はただの遊びか悪戯だと思い込んで楽しく乗り越えてたんだブー」

「ガキの頃から性格悪いなお前……」

「そして百二十五回目の罠である雪崩サンドバックさえ乗り越えたお前に、さすがに何かするのを馬鹿馬鹿しくなった自分は辞めて、普通に一緒にいることにしたブー」

「面の皮厚いな」


 十年越しに明かされる所業にドン引きするグリゴリー。


 逆にブラダィヨーは思い出を懐かしんでいた。


 一口も呑まなかった酒を、彼は床に置いてから、グリゴリーへ顔を上げた。


「普通だったら打算すらも捨てて離れるような、こんなひねくれた性格の自分を受け入れてくれた。だから自分はお前に憧れたんだブー。グリゴリー」 


 歯を見せる満面の笑顔。


 さっきまでのからかいの素振りはそこになく、本心からグリゴリーとの出会いを喜んでいた。


「そ、そうか」


 グリゴリーは不意を突かれ、戸惑った。


「グリゴリー。魔女の子とかそういうのは気にするなブー。お前は差別を受けてるんじゃなく、特別なだけブー。それを悪く言うのは嫉妬だブー」

「そうかな?」

「人によって抱く感情は違うかもしれないが、でも確かにお前は特別だブー。そうじゃなければ、自分のこの感情は何なんだブー。自分を卑下するな。してもいいけど、それで弱ったりするくらいならいっそせずに過信でも何でもするブー」

「――」

「進めブー! いつまでもメソメソと泣いてないで、行動して、大切な人を取り返すブー!」

「うん」


 悪友の励ましを受けて、グリゴリーは頷く。


 口は悪くても、ブラダィヨーは本当の友達だったと思った。


「ありがとう」


 グリゴリーの胸の内に、消えていたはずの灯火が再び小さく点いた。


「でも、具体的にどうすれば」

「そんなもの後で考えろブー。今はとりあえず将軍に従うブー」


 グリゴリーが元気になったのを感じ取ったブラダィヨーは、今まで飲んでなかった酒を一気に喉に流し込んだ。


「適当だな」

「いいからお前も呑めブー。たまには忘れることも必要ブー」

「飲酒運転が怖いからほどほどにな」


 もらった酒瓶を回し飲む。


 燃料が注がれ、火がどんどん燃えていくようだった。


 グリゴリーはマーシャ奪還に向けて、再行動を決意する。


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