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金髪美女を取り返す


 遠くの小さな影を、駆け足で追跡するグリゴリー。

 

 自力ではこちらのほうが速かったのか、道を進むほどに間を詰めていって、なんとか神殿前であと数歩というところまで追いついた。

 

 ビリヴォスカーから降りてきたミハイルが見つめる。


「不覚をとったか。エヴァ」

「返せよ……」

 

 喉が焦げているらしく、掠れた声でグリゴリーは言った。

 真っ黒な姿と相まって、兵士たちは不気味に感じた。

 

 ミハイルはそれと同じ印象を昔どこかの女から受けたのを思い出した。


「やはり魔女の子か」

「マーシャを返しやがれ!」

「撃て!」


 マーシャを返せしか言わないグリゴリーへ火が放たれた。エヴァの部隊とほぼ同じ弾幕が見上げられた。

 

 またグリゴリーは同じように腕を伸ばし、空間を空っぽにした。

 

 動揺する部隊へ接近し、グリゴリーは兵士を殴った。中心のほうへ入り込み、迫撃だけの乱戦状態にする。


「陣形、鳥巣。中央そのまま足止め、両側は中央から離れろ」


 部隊は縦に三つへ別れ、中央の部隊だけ残して左右の部隊は乱戦に巻き込まれないようそれぞれの方向へ別れていった。


 人数も少なくなり、中央の部隊は耐え切れず兵士が地に伏していく。全員倒れるのも時間の問題だった。


「あれを安定して使えるようになったか。なるほど。使えないと思い込んでいたのは、わたしのほうだったか」


 中央部隊が壊滅した。


 ばらけたおかげで囲んではいるが、おそらくまた同じように火を放っても消されるだけだ。それをグリゴリーの様子から感じ取っていた兵士たちは、どう見ても有利であるはずの状況で、たった一人に臆していた。


「ど、どうします? 将軍」

「構わん。やれ――あの醜悪な魔女の血筋を絶やせ」

「ですが……」


 兵士たちはためらいながらも指示に従った。両面から火の弾幕を張る。人数が分かれたせいか、片面自体の幕は粒々でとても幕とはいえる代物でなかった。

 

 グリゴリーはまず前からの火を消した。

 

 次に振り返って後方のを消そうとする。

 

 そこで指先ほどの小さい点が、高速でこちらに向かってきているのを発見した。


 グリゴリーは右手に力を込めた。


 火玉が消失する中で、点は消えずにグリゴリーの頬を抉った。


 痛みに震えていると、火玉がまた飛んできた。そしてそれに混じって、また点が猛速度でグリゴリーの腹を貫いた。


「初見のエヴァには通じたようだが、何度も見ているわたしにまでは通用せんよ」


 点の火はミハイルが放っていた物だった。

 

 感動した兵士がはしゃぐように尋ねる。


「すばらしいです。どういうことですか大将軍!?」

「枯死の魔女。そう呼ばれた母親とよく似た、だけど弱体した能力だよ……コンスティションで生み出したものを消すコンスティション。それが先までこの男が使っていた力だ」

 

 グリゴリーのコンスティションを、ミハイルは説明する


「範囲は視界。消えていき方は見えている範囲から萎むように。だから速く長く細い火の線を放てば、奴のコンスティションは突破できる」


 今度は、火玉に混ぜずに飛ばした。待ち構えるグリゴリーだが、やはり消失できずに、また傷を負う。

 

 グリゴリーは膝をついた。

 

 そしてその間に、彼が起きて欲しくない最悪の事態が起こった。


「大将軍! お待たせしました!」

「遅いぞエヴァ!」


 乗り越えたはずのエヴァの部隊が追いついてきた。

 

 止めろ。来るな。

 

 グリゴリーの心情を察しているらしく、ミハイルはまるで心を読んでいるかのように言った。


「そして最初に奴が使わなかったのは量だ。消せる量に限りがある。反応を見る限り、現在の能力では丁度半分に別れたわたしたちそれぞれの部隊分というところか」


 ミハイルは完全にグリゴリーを見抜いていた。


 言っていること全てが当たっていた。


 だからエヴァの部隊が追いついてくる前に、マーシャを取り戻したかった。こうなるともう手が無い。肉弾戦を挑もうにも、この力の抜けた身体では火の弾幕を突破できない。

 

 グリゴリーはまた立とうとするもの、半分辺りで膝から落ちた。もう気力さえも尽きていた。

 

 そんな哀れな彼を諦めさせようとしているのか、火の雪が降り落ちてきた。

 

 皮が剥がれていく。

 肉が焼かれ、炭になった部位が落ちていく。

 骨や歯が高熱になり、神経を痛めつける。

 

 体が悲鳴をあげて、もう止まれと言ってきた。

 

 火は体だけでなく心まで燃やしていく。もう考えることすらおっくうで、熱が怖くて、いっそこのまま死んで眠りたかった。


「――」

「ば、化け物」

「まだ倒れんか!」

 

 それでも前進するのを諦められなかった。

 

 理不尽な弾圧が許せなかった。あの優しく強くなった女性を守りたかった。

 

 足を地面から離すたび、グリゴリーは思った。


 あまりに力が強かったのか、体ごと浮いた。


「ビリヴォスカーが!」


 突如どこからか現れた猪とソリ。


 ビリヴォスカーはグリゴリーを拾うと、反転してその場を去ろうとする。グリゴリーの体が浮いたのはこの時だった。


「逃がすな!」


 マーシャを捕らえている荷台へ戻ったミハイル。


 残されたエヴァの命令で、ビリヴォスカーは集中攻撃を受ける。


「将軍、任せますブー」

「いいだろう。その男とはいつか決着をつけたかったのだからな」


 氷の紙が、ビリヴォスカーを包んだ。

 

 当たった部分が一発で溶けていく。しかし同時に火を相殺し、けん引役にもソリにも火傷一つ負わせなかった。

 

 そのままビリヴォスカーは神殿前から離脱した。


 走行を続けるソリの中で、グリゴリーは目覚めた。少し気絶していたようだ。


「おい起きろブー。起きやがれブー」

「ブラダィヨーか……」


 ぼやけた視界には、数日前に別れた友人がいた。


「よっしゃブー! どうやら無事なようです将軍」

「うむ。私との決闘前に力尽きてもらって困るからな。これぐらいは耐えられるタフでいてもらわなければ」

「さすがです将軍。敵にも相応の強さを求めるとはブー」

「獅子は向かってくるならば鼠にも手を抜かんが、かといってそれが面白いというわけではな

いからな。餌を求めない戦いならば、相手は強くなければならん」


 乗車席ではアレクサンダーとブラダィヨーが仲良く話していた。


 グリゴリーは枯れた声で言った。


「マーシャは……」

「すまんブー。無理だったブー」

「そうか……」


 答えたブラダィヨーの表情は悲痛で、本当に助けられなかったということを示していた。


 グリゴリーは沈んだ表情で返事をした後、ブラダィヨーへ尋ねた。


「これからどこに行く?」

「火国だブー」


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