赤髪美女、スリを捕まえる
「見たな」
「ああ。前に唾が広がっている帽子を被ってた」
走り出すグリゴリーとエヴァ。
「二人とも、どこ行くの?」
「こっちに貴様の金を奪ったスリが行った!」
奪われた本人が気付かなかったのに、二人ともよくあの一瞬の内に把握したものだ。
十字路の中心に差し掛かった辺りで、足を止める。
「駄目だ。どっちも道が分かれてる」
グリゴリーは道を見下ろすが、除雪されていたため足跡が残っていない。
「クソ。完全に見失った」
諦めかけるグリゴリー。
その傍でエヴァはしゃがむと、
「まだだ! 私の前で、犯罪を赦すと思うか!」
彼女を中心に、二つの火柱が舞い上がった。
火柱は倒れると、左右の横道に地面を伝って伸びていく。分かれ道に達すると、さらにまた道ごとの本数に分かれて、それぞれ別の道へ進行する。
「熱い!」
どこからか聞こえた悲鳴じみた声。
「そこか!」
「おい大丈夫なんだろうな? その辺にいた人とかに当たってないだろうな?」
「エヴァにかぎって言えば、絶対にそんなことがあるわけがないぞグリゴリー」
火が伸びていく道へ走っていくエヴァ。
残ったグリゴリーは、ミハイルから話を聞く。
「どういうことだ? 叔父貴」
「お前が見ない間に、あいつも成長したということだ。今では軍でナグボイジョンの教官を務め、火炎のコンスティションに関しては歴代一の天才と称されている」
「ふーん。あいつがね」
グリゴリーはエヴァの消えていった道を見た。
それから、一分が経った。
エヴァは暴れるスリの少年を引きずって、戻ってきた。
「ちくしょう! 放せ!」
「黙れ小僧。まずは被害者へ謝罪しろ」
ドサッ、とまるでゴミ袋でも捨てるように乱暴にマーシャの前へスリを投げた。
少年は両膝と手をついたまま、マーシャを無言で見上げる。
「……」
「ほら。謝れ」
「……」
「謝れと言っている!」
強引に頭を抑えつけるエヴァ。
マーシャは訝しむようにその様子を見た後、ハッと気付いたように口を開いた。
「……エヴァさん。その子、裸足じゃ」
「なに?」
「うわ、放せ。やめろ」
エヴァはもう片方の手で、スリの足を持ち上げる。
低温火傷によってくるぶしまで真っ赤になっていて、皮膚がズタボロになっていた。
「君、なんでこんなことになっているの?」
「靴なんて売っちまったよ! 妹が病気で薬が欲しいんだけど、今は軍人どもに独占されているせいでよっぽど金を積まないと薬屋が流してくれないんだ!」
「……」
「だからおいら自身は軍人どもは嫌いさ。戦争が仕方ないとは分かってる。どんどん国そのものが先細りになっていくから、数を守るためなら仕方ないって。でも、おいらたちみたいな貧民は守られることなく使い捨てのように殺されていっちまう。だからおいら個人は、戦争なんてものが大嫌いだ」
沈黙するエヴァとミハイル。
片方は仕方ないとばかりに諦観し、もう片方は悔しさに唇を歪ませていた。
やがてエヴァは、スリの足を下ろした。
「そうか。貴様にも事情があるということか」
「見逃してくれるのか!?」
「駄目だ」
盗まれた袋を強引に奪い返すと、エヴァはマーシャへ渡した。
その後、スリの頭から手を離した。
スリは金を失うと、気力そのものもどこかへ飛んでいってしまったようにその場から動かなかった。
エヴァは、軽くスリの頭をはたいた。
「何だよ? もう物は返したろ?」
「……これをやろう。靴代と薬代には充分なはなずだ」
金貨をスリの手に握らせた。
スリはエヴァの手を握り返して、睨みつける。
「施しのつもりか」
「好きに受け取れ」
「礼は言わねえぞ。貴族様。これはあんたらが、日頃おいらたちから搾取していった金だ」
スリは最後にそう言うと、金を持ち去っていった。
独りになったエヴァは呟く。
「……どうとでも言え」
寒空の下で、寂しそうな背中を彼女はしていた。
「そういえば、さっきの話だがね」
「え?」
マーシャの隣に立っていたミハイルが口を開く。
どうやら、なんで自分たちの存在に住民が気付かなかったのかを答えるつもりらしい。
「この国の人々は、みんな、それほど周りを見る余裕がないということだろう。侵略された村や町から避難してきた民が溢れ、都とはいえ食糧や賃金を得られず死んでしまう民も出てきている。自分たちのやることに忙しくて、とても他人なぞは気にしてられない状況だ」
昼間、道行く人々の様子を、マーシャは思い出した。
みんな真っ黒な闇を背負っているような表情だった。重そうで苦しそうで、でもそれを外に出す気力も湧かなくて、ただ生きることだけを求めて歩いていた。
街並みの素晴らしさにあてられて気のせいだと思っていたが、今から思えばミハイルの言う通りの心境だったかもしれない。
マーシャは都全体を眺める。
どこを見ても大きく美しい形状の建物がそびえ立っていて、これ以上の町はないように思えた。だがそこに住む人々のことを考えると、この風景はとても歪なもののように感じられた。その感情は決して口に出さず、彼女は胸の内にしまった。




