金髪美女、過去への手がかりを得る
明日、グリゴリーたちは村長宅のリビングにいた。
グリゴリー、マーシャ、村長、村長の妻。
四人でテーブルを囲っている。
それぞれの前には、温めた飲み物が置いてあった。
「……というわけで、昨日はこんなことがあった」
「そんなことが、あたしたちが寝てる間にあったなんて」
グリゴリーは昨夜の影のことについて三人へ話した。
隣にいるマーシャは、心配していた。
「ごめんね。ぼくのせいで……怪我は大丈夫なの?」
「平気だ。飯食ってさっきまで寝てたら、だいたい治った」
「倉庫の備蓄を大分食い散らかしおって……」
「悪い。働いて返す」
村長の苦言にも、あっけらかんとするグリゴリーだった。
まるで昨夜の死闘が、彼の考えた嘘のように考えられてしまうほど軽い態度だ。
けれど、内心では違っていた。
マーシャを見つめるグリゴリー。
その瞳から、憐憫が感じられた。
目の前で事態を飲み込めた村長から、質問される。
「とりあえず、影の正体とはいったい誰じゃ?」
「正確には分からないけど、火国の関係者かな。軍人だとも思う」
「何故そこまで絞り込めた? 顔も見てないのじゃろう?」
「紋章だよ。黄金の不死鳥。火国の軍服に付いてるやつさ。見えた部分が少ないせいで最初はピンとこなかったけど、あいつが逃げた先でようやく分かった」
「どこなの?」
「火国の軍隊基地」
影は、グリゴリーの前で火国軍の基地に入っていた。
そこには胸の紋章と同じものが、旗として掲げられていた。
グリゴリーが深追いしなかったのは、それが理由だった。
さすがに相手の本拠地であり、仲間がいる場所では、負傷を残したままでは分が悪かった。
マーシャが確認するように言う。
「氷のコンティションも使うから、火国の人には間違いないね」
コンティションは環境を克服するための能力。
だから火国の人間となると熱を冷ますために氷を作れたり、渇きを癒すために水を湧かせられる。
マーシャが、グリゴリーから直々に教わったことだ。
ちゃんと覚えてたよ。
褒めて。褒めて。
尻尾があれば子犬のように尻尾を振ってそうなマーシャだった。
期待して言葉を待つマーシャに、グリゴリーは口を開く。
「……いや。そうとは限らない」
「え? 何で?」
グリゴリーの言葉は、マーシャにとって意味不明だった。
マーシャは初めて嫌な気持ちをグリゴリーへ抱いた。
嫌悪感を払拭したいがために、また尋ねる。
「だって、グリゴリーがそういうふうに教えてくれたんだよ?」
「……厳密にはあの通りじゃない」
「嘘吐いたの?」
「違う。言葉が足らなかっただけだ」
答えるたびに、苦い顔になっていくグリゴリーっだった。
「……やっぱり嘘をぼくに教えたんだ」
だけど、マーシャはそのことに気付かなかった。
ただ、裏切られたと思い込むだけだった。
「……」
剣呑な空気が二人の間に漂い始める。
ふと、村長が妻にいきなりキスをした。
村長を除いた三人とも、唖然とした表情で村長へ振り向く。
チュッ――バシィ!
引っぱたかれる村長。
妻は本気で怒った顔を、村長へ向けた。
「何すんのこの馬鹿!」
「わ、悪いのう。見惚れていたらつい吸い寄せられるようにこう……」
バシィ!
唇をキスの形にした時点で、もう一発ビンタされた。
「ニ度ならず三度までも。あんた頭おかしいんじゃないの! ボケ老人!」
「たははは。悪い悪い」
「悪いで済ませられるか!」
「はたかれたせいでさっきまでの話を忘れてしまったのう……グリゴリー、もう一度このボケ老人に話しておくれんか?」
「あ、ああ」
言われた通りにするグリゴリー。
さっきまでのマーシャとの間にあった亀裂のようなものは、どこかへ消え失せてしまっていた。
話しながら、村長と目を合わせる。
似合わないウインクが返ってきた。
(やっぱりわざとかこの爺さん。感謝はするけど、ババアにキスはやり過ぎじゃねえの……ほら。思惑分かってるうえで拗ねてる)
もしもう一度、同じ真似をしたら殺すという目で、村長を捉えていた。
改めて説明をしたグリゴリー。
さっきまで話したところまで終わると、今度はまだ言っていなかった考えを述べる。
「マーシャは、火国もしくは今回の戦争に大事な何かを握っている人物かもしれない」
先程は口にしなかったが、影は火国軍の人物それも百人長以上の存在だとグリゴリーは断定していた。
実は雪崩の原因を突き止めようと、グリゴリーは自宅周辺を探っていた。
すると発見したのは、油が詰まったらしき樽の残骸。風で流れたり雪で埋もれたりして見つけられないのもあったが、集めると樽十七荷と同じくらいの量があった。
追跡の道中にも、火矢を放った仕掛けらしきものを見つけた。使い捨てらしく、既に炭になっていた。
いくら影が優秀でも個人で準備するには大掛かり過ぎる。
だからこそグリゴリーは影が集団に属していて、命令を行える立場だと分かった。
そしてそんな存在があそこまで執拗に狙うとしたら、マーシャがそういう人物だとしか考えられなかった。
そこまで話したとこで、グリゴリーは三人へ提案することにした。
「とりあえず俺はマーシャを連れて、帝都に行こうと思う」
「無理じゃ! やめろ!」
即座に否定したのは村長だった。
隣の妻も、言葉をあげないまでも同じことを思っているのが伝わってくる。
その反応は事前に分かっていたらしく、グリゴリーは落ち着きを払ったまま説明する。
「危険なのは重々承知している。でも行かないと今度は影は仲間を連れてくるかもしれない。あれほどの強敵が複数人ともなると、さすがに守りきれない」
「死地に自分から飛び込むようなものじゃぞ」
「でもマーシャの命を守るにはこれしか手はない。帝都に行って事情を話せば、軍に保護してもらえる」
無理なのは、以前、自分でも諦めたくらいだから知っている。
こんな事態になるなら、叔父貴に無理言ってでも保護を頼めばと後悔もしている。
でもこのまま分からない恐怖に怯えて、手をこまねいているよりずっとましだ。
グリゴリーは予測不可能な未来を待つより、確実な成果を得られる手段を取った。
横を見れば、マーシャも頷いた。
危険を冒してでも、帝都に行くことに賛成なようだ。
前にいる村長は否定し続ける。
「けど行くにしても、どうやって移動するつもりじゃ? いくらマーシャさんの怪我が治ってきているとはいえ行脚ではかなりの時間がかかるぞ。そうなったらいつ戦争に巻き込まれるかも分からん」
「ビリヴォスカーは?」
「無理じゃ。どんな優秀な牽引役でも、火国の攻撃に晒されたら立ち向かうことも出来ない。だからといって奴らがいない険しい道を帝都まで走り続けるのも不可能じゃよ」
「うーん……」
次々と提案が却下される。
自分がしようとしたことの難しさを再確認させられて、グリゴリーも諦めそうになる。
何か良い方法はないか?
考えていると、村長の隣にいた奥さんが呟いた。
「ガルボーイ山の魔獣」
言ってしまったと後悔するように、口を塞ぐ妻。
ちゃんと聞こえていたグリゴリーが食いついた。
「そいつだ!」
「魔獣? がどうかしたの?」
「そいつを捕まえて、ソリを引っ張らせればいいんだ!」
「あの魔獣をビリヴォスカーにするじゃと!?」
グリゴリーの言葉に仰天して驚く村長夫妻。
一人だけキョトンとしているマーシャが質問する。
「魔獣さんって何?」
「六年ほど前に雪山に現れたらしい凶暴な獣じゃ」
ガルボーイ山は今でこそ荒れ果ててしまっているが、以前は辺境では異質なほど自然に溢れて、多くの動物たちが住む場所だった。
けれど魔獣が来てから、山は変わってしまった。
魔獣は自然を壊し、他の種族たちを食い尽くした。
魔獣の食事を見たものがいた。
樹木が重なって倒れた場所の中心に魔獣はいた。木は魔獣自身が折ったらしく、どの木の根元にも爪で引き千切ったような跡が残っていた。
矢では仕留めきれないほど巨体のアルージイライオン。
猟師でも見たら逃げ出すしかないそいつを、魔獣は骨ごと潰しながら肉を噛んでいたらしい。
脇には鳥、狼、鼬、栗鼠と様々な動物の死体が並んでいた。
「山で食料を得ていた近隣の村は狩りを行ったが、山に入ったものはみな殺された。助けを求めようしたが、その内に今回の戦争が起きて故郷から離れるしかなかった」
「そ、そんなに怖いのを捕まえようとしてるの……?」
「でも確かに魔獣が噂通りの強さなら、単独でも火国の警備網を突破できるかもしれん。噂では、火国が山を越えるために討伐しようとしたものの大隊が全滅しらしい」
「グリゴリーごめんよ。いくらあんたでも無茶だ。言ったことは取り消させてほしい」
「無茶は承知。やるしかない」
後悔する村長の奥さん。
グリゴリーは譲ることなく、魔獣を捕獲することを決めた。
一日がかりで準備した後、グリゴリーたちはサニュ村を出て、ガルボーイ山へ向かった




