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20/41

金髪美女、山を歩く


 斜面を歩くグリゴリー。

 リュックを背負い、体が一回り大きくなるくらい厚着を着込んでいる。

 

 雪山の天候は荒れていた。

 ブリザードが起きて、腕を伸ばせばもう指先が見えないほど雪に光景が覆われている。

 服の上から、雪と強風が叩きつけられる。

 

 数日前に麓までグリゴリーは訪れて様子を見ていたのだが、一向に山の天気が穏やかになることはなかった。

 

 引き返そうにも食料がない。

 一度、サニュ村に戻ろうにもここで遅れては影の襲撃を村で待っているのと変わらない。

 仕方なく、グリゴリーはガルボーイ山を登ることにした。

 

 後方へ振り返る。

 

 そこには似たような厚着を着て、カラフルなファー付き帽子を被ったマーシャがいた。

 

 はあ……はあ……

 

 白い息を大きく何度も吐く。

 一歩進むごとに足を踏ん張らせる。

 追いてかれないようにと、頑張ってグリゴリーの跡をついていくる。


「別に来なくてもよかったんだぞ?」

「ぼくのことだよ……ぼくが一番頑張らなきゃ」

「そうだけどさ……傷がまた痛みだしたら言ってくれよ」


 グリゴリーは顔を前に戻す。

 それから何も言うことなく、進行を再開した

 

 あの時から、二人の間は妙にギクシャクしていた。

 マーシャの言葉を、グリゴリーが否定した時だ。

 その場は村長が取り繕ってくれたが、話し終わってからも会うとお互い気まずくなってしまっていた。

 

 この悪天候も、まるで今の二人を表しているようだった。

  

 しばらく同じような山道を歩く。

 

 二人はずっと沈黙している。

 環境が作り出す音だけが響いている。 

 

 ある時、マーシャは何かに気付く。

 

 驚いた顔で、グリゴリーの前を指さす。


「グリゴリー! あれ!」

「ん? ああ……」


 視線の先には、今にもこちらを潰そうと突進してきているロークカバーンが来ていた。

 その威圧感は凄まじく、本能的に逃げようと思ったはずなのに硬直してしまったほどだ。

  

 邪魔だといわんばかりに、ロークイノシシはグリゴリーを潰そうとする。

 牙と角を刺そうした。


 一瞬、グリゴリーの姿が消えた。


 直進していたはずのロークカバーンは浮き上がり、その下には影のようにべったり平らに屈んだグリゴリーが天へ足を伸ばしていた。

 

 猪は受け身を取れずに地面にぶつかり、斜面を転がっていった。


 マーシャはどんどん下に戻っていくのを見下ろす。


「何だったのあれ」

「ジジイの話では、たまに魔獣に挑もうとこの山に入って返り討ちされる獣がいるらしいぞ」

「じゃあ逃げてきたの?」

「……いや。逃げきれてない」


 ロークカバーンの巨体がどくと、地面に血痕が浮き上がった。

 

 一周して脇腹が下になるたびに、道に血がついていく。

 

 よく見ると、脇腹に大きな傷跡があった。

 四本の斧で肉を抉られたような姿だった。

 

 ロークカバーンが来た方向を見ると、帰り道と同じように血が残っていた。

 

 ゴクリ。 

 

 息の呑むマーシャ。


「この先にいるってことか」

「ま、待って」

 

 迷わず、血痕を辿ろうとするグリゴリー。

 マーシャは遅れてついていく。

 

 斜面を登り切きると、新たな道とモミの木に囲まれた平坦な空間があった。

 端へ進んでいくと、大きな穴に気付いた。


「足跡か。これは」

「どれ?」


 後から来たマーシャが覗き見る。


 持ってきたリュックサックが入ってしまうほど大きい穴。

 穴はただの丸型ではなく、三角形が並んで外に付いていた。


「まさかこれが?」

「おそらく魔獣のものだろうな」

「こんな生き物、本当にいるの?」


 現実とはとうてい思えない光景が続いて、思わず疑いの言葉がつい口から出たマーシャだった。


「普通ならばいないからこそ今回のことにはうってつけだ」


 言うと、グリゴリーは足跡が続く森へ入っていった。


 マーシャは警戒しながら、モミの木の間を進んでいく。

 

 木々の中は驚くほど静かだ。

 どうやら噂は本当で、あの猪のような例外を除いて、魔獣以外の獣はもうこの山にいないらしい。


 それから猪のようなこちらを襲ってくる存在は現れず、順調に奥に着くと、そこには洞窟があった。


「……どうするのこれ?」

「入る。カンテラを出してくれ」


 リュックに入れておいたカンテラを手に持ち、中の灯心にグリゴリーは火を点けた。

 洞窟が照らされ、足元と先が若干見えるようになった。


 蓋を閉めると、二人とも洞窟へ入っていった。


 地面は土であり、人の手が加わってないせいかでこぼことしていた。

 小石が転がってもいる。

 

 踏まないようにいちいち気を付けながら、マーシャは上げた足を下ろす。


 いつ魔獣が現れるのかと警戒しながら進んでいくと、もはや壁にさえ見える急な角度の坂が前方を塞いでいた。


「……」


 ゴツゴツと叩き、グリゴリーーは手のひらで触れる。


 恐ろしい予感がマーシャに芽生えた。


「まさか……登る気なんじゃ……」

「よく分かったな。その通りだ」

「やっぱり」


 マーシャはガックリとうなだれた。


「大丈夫だ。マーシャでもいける。ほら先に登れ。落ちたら支えるから」

「分かった」


 両手を使うためにカンテラの火を消した。


 集中して見ると、斜め先に光があった。

 おそらくあそこが出口なのだろう。

 マーシャは光を目印にして坂を登っていった。


 実際登ってみるとそこまでの難易度ではなかった。

 荒れているせいかとっかかりが多い。

 マーシャはそこを手で掴んで、足にかけながら上がっていく。


 時間はかかるものの、確実に出口へ近づいていった。


 ツルッ。


「うわっ!」

  

 踏んだ場所が凍っていた。

  

 滑り落ちるマーシャ。

 そのまま地面まで一直線だった。

  

 ドダン!

  

 大きな音が洞窟内に轟く。

 すると他にカサカサと何かが動いた音も同時にした気がした。 

 

 起き上がるマーシャ。

 無事だったことにホッとすると、地面の感触に違和感を覚える。

 顔を下へ向ける。


「いてて……」

「グリゴリー! 大丈夫!?」

 

 自分を下敷きにして、グリゴリーはマーシャを助けたのだった。

 

 心配されると、すぐに立ち上がる。


「ちゃんと支えてやるって言っただろ?」

「ありがとう」

「でもちょっと休憩だなこりゃ。まあここまで歩きっぱなしだったから、ちょうどいいか」

「じゃあ食べ物用意するよ」

  

 壁の前で、休憩するグリゴリーたち。

 

 二人とも壁に背を預けて、乾燥させた果物を食べながら会話する。


「後どれくらいなんだろ?」

「高さはそこまでないからもうすぐ頂上だと思う。でもそこにいない場合もあるから、そうしたらこの洞窟を探索かな?」

「ここを!?」

「怖い?」

「怖い!」

「まあいきなりパクっと食われるかもな」

「だから怖いの! やめてよねそういう話」

「そうだな。ごめん」

  

 嬉しそうに言うグリゴリー。

 

 いつのまにか二人の仲は元通りになっていた。

 

 楽し気な声が洞窟内に響く。

 闇しかないはずなのに、グリゴリーたちがいる空間だけ、明かりが点いているようだ。


 疲れが取れた頃、マーシャはグリゴリーへずっと聞きたかったことを質問した。


「グリゴリーって、サンタクロースが何だか知ってる?」

「大陸でも有名な伝説だから、そりゃ……」


 降ってわいて出てきた言葉に困惑するものの、グリゴリーはサンタクロースについて教える。


「氷月の六七日――いわゆるクリスマスって呼ばれる日に、子供たちの前に現れ、望むものをプレゼントしてくれる人だ。赤い服とナイトキャップを身に纏ってて、空中を飛ぶビリヴォスカーに乗っているそうだ」

「でも、ほとんどのサンタクロースは偽物なんでしょ? 家族のお父さんが役をやって、年末を祝ってプレゼントを子供に与える日であって」

「まあそうだけど……」

 

 先程までと違い、そっけない返事をするグリゴリー。

  

 マーシャは次の質問をした。

 

「ねえグリゴリーは本物のサンタクロースに会ったって本当?」

「……どこでそれを?」


 動揺で、グリゴリーは声を上ずらせた。

 

「おじいちゃんたちに聞いたの。酔っ払ってたときに言っててね。昔、サンタクロースなんていないだろって話になったときにグリゴリーが何度もムキになって否定してたって」


 

『あいつにも可愛いところがあったもんじゃのう。今からすると信じられんわい』




 村長はそう言いいながら、顔を真っ赤にして怒るグリゴリーの子供時代を語ったらしい。

 

 憎らし気に村長を思い浮かべるグリゴリー。

 

「あのじじいは」

「それで多分本当にいるんじゃないかって。だってグリゴリーって、そういうことで怒る人じゃないでしょ」

「マーシャ。お前……」

  

 マーシャは真剣な表情で、グリゴリーの目を見つめていた。

 

 信じたいのだ彼女は。


 誰もが信じてないグリゴリーの言葉を、マーシャは信じてみたかったのだ。

 

 喧嘩してしまって離れてしまったお互いの距離を元に戻してみたかったのだ。


「……」

 

 ほんの少しの沈黙の後、グリゴリーは立ちあがった。


「さあな。子供の頃の話なんかそう覚えてないさ……」

「待って。教えてよ」

「……時間もあまり無い。行くぞ」

「でもグリゴリーが嘘つきだって……」

「あんたにだって嘘を吐いてたじゃないか俺は」


 自嘲するグリゴリー。

 

 マーシャは胸に痛みを覚えた。


「あれは違うでしょ……」

「……行くぞ。ついてこないなら、置いていく」

 

 立ち上がって、坂を登ることを促すグリゴリー。

 

 マーシャはそれ以上何も言うことなく、従った。

 

 今度は同じ失敗をしないように上がっていく。

 

 今度は落ちることもなく、マーシャは坂を登りきった。

 上には山の途中への出口があった。

 

 休むことなく、グリゴリーたちは出口を潜った。


 魔獣のものかと思われる足跡がすぐ傍にあった。

 上に続いている。

 二人は足跡を辿り、山を上がっていく。

 

 移動中、二人は何も話さない。

 顔すら合わせない。

 

 また二人の間に溝が生じた。


(聞かなきゃよかった)

 

 今、訊くべき話じゃなかった。

 こんな話、今じゃなくても出来た

 もっと忙しくない時に。

 いいえ。仲直りしてからにするべきだった。

 

 後悔するマーシャ。

 

 けれど時間が巻き戻ることは決してない。

 

 二人は何も話さないまま、頂上へ着いた。


 そこでそれぞれの反応を起こした。


「あぁ……」

「なるほど。確かに魔獣だな」


 蒼の獣が頂上に立っていた。


 背からも感じる存在感の強大さ。

 同じ場に立っているというだけで飲み込まれたという気分になってくる。

 大きさはグリゴリーを軽く三回りほど上回っている。

 胴体と密接した横長の顔。大量の毛と肉に覆われた四肢。

 爪は人間の腕ほど長く、当たれば内臓ごと持っていかれそうだった。


 魔獣は気配に気づいて、新たな獲物を眼に捉えた。


 即座に殺意と――食欲が月のような瞳に満ちた。


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