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影を追う


「ちっ。逃げられた」


 かなり悔しかったらしく、グリゴリーは舌打ちをした。


 それから、寒いはずなのに上着を全て脱いだ。


 実際すぐに体を冷やして身を縮こませる。


「なにがしょぼいコンスティションだよ……」


 脱いだ上着が宙を飛んでいく。

 

 そのまま塊に当たると、

 

 ガチン

 

 と重い氷同士がぶつかったかのような音を立てた。

 

 上着もまた雪と同じ温度で凍っているのだ。


 影から離れる寸前、上着の一部に冷たさを感じた。

 コンスティションを使われることも覚悟していたが、冷たさはまたたくまに広がっていった。

 触られていた感触からして使ったのはおそらく秒にも満たない時間。

 そのわずかな時間で触れてない周囲すら凍らせるほどの冷気を放つとは。


「……えげつない威力しやがって」


 もしも離脱に遅れたらと思うと。 

 

 グリゴリーの肝がぞっと冷えた。


 それから腕組みして、その場から動かないでいるグリゴリー。

 

 うーんと唸った後、独り言を吐いた。


「しかしあの紋章どこかで見たことがあるような……」

 

 氷踊の途中、影が纏った布が蹴りの衝撃でほつれた。

 

 わずかに見える胸元。

 

 そこには見覚えのある服の色と紋章が縫いつけられていた。


「駄目だ。思い出せない。そもそも見えたのも半分だけだからな……んっ?」


 頭をいくら捻っても出てこない。


 そんな時、奇天烈で、不快感を与える音がどこからかグリゴリーは耳にした。


 グリゴリーはすぐにその場から駆け出し、村を抜ける。

 

 音源は村からすぐそばにあった。


「こいつは」


 こちらにも見覚えのあるものが、転がっていた。

 

 こっちはすぐに何だか分かったグリゴリー。


 バラバーンヴォルフだ。

 

 狼の死体がそこにあった。

 

 並の個体よりも一際長い牙を持っている

 そのことかからグリゴリーはこのバラバーンヴォルフの正体に気付いた。


 こいつは獣の子を襲った集団の長だった。

 敗北したことの責任から長を解雇されそうになり、威厳を取り戻そうと単独でグリゴリーに再挑戦しようとしていた。


 くぼんだ腹と狼特有の長い口から吐き出している血。

 

 何かに勘付いたグリゴリーは、急いで周辺へ目を配らせた。


「どうやらあんた。今日は相当運が悪いようだな」

「……」


 影の後ろ姿を発見した。 

 

 逃走の途中、餌を求めようとしたこの狼に襲われ、反撃したのだ。

 

 そしてその時にあの絶命と苦痛が混じり合った悲鳴があがった。


 グリゴリーは遠くの影の背を追った。

 

 影も気が付いたのか、足の回転を速くする。

 

 グリゴリーは全力で走った。

 つかずはなれずのまま二人は雪原を移動する。


 このまま付いていけば、いずれ影の正体がはっきりする。

 

 グリゴリーがそう思った瞬間だった。


 横に腕を伸ばす影。先っぽから、ヒュッとかすかに閃いた。

 

 ブチッ。

 

 ガタ。

 ガタガタガタ。

 

(縄が切れた? 何かが崩れてる?)


 物音がする方向を確認する余裕はなかった。

 

 謎の音が鳴ってからたいした時間も経たないうちに、グリゴリー周辺の足元がオレンジ色に染まる。

 

 さすがにグリゴリーも空を見上げる。

 

 火箭の雨が、飛んできていた。

 

 雪は右斜め上空からの光を素直に反射する。

 前後ろ共に三十歩以上先まで、雪は夕焼けの空のように輝いている、

 

「危ねえ!」

 

 全身の力を使って、己の近くにあった雪をほとんど蹴り上げるグリゴリー。

 勢いで体が空に回転しながら浮いてしまう。


 雪に当たることで消火され、衝撃が削がれていく。


(くそ。これだけじゃ足りないか)

 

 音で分かる。

 雪が破られていくのが、そして残りの火箭がまだあることが。


(第二ラウンドに備えてとっておきたかったんが――仕方ねえ!)

 

 溶けて開いた穴から、幾筋もの火が点いたままの矢が飛びこんでくる。

 

 ピキン。


 グリゴリーに当たる寸前で火が失われ、何故か氷を纏う矢。

 

 尖っていた部分が丸くなり、グリゴリーに当たるものの、回転で弾かれた。

 

 その矢が最後だったのか、もう地面は白に戻っていた。


 グリゴリーは着地すると、すぐさま影の追走を再開する。

 影のいる方向を狙って飛んだため、時間のロスはほとんど無かった。


 それからは特に邪魔はなかったが、長い時間を二人は走り続けた。


 戦闘の消耗も混じり、もはや息も切れる頃。 

  

 前方に建物を発見した。

 

 グリゴリーは足を止め、影はその中に入るよう進む。

 

 一旦、距離が離れたことでまた影の姿は消失した。


 グリゴリーは腰を曲げ、膝に手をついてゼーハーゼーハーと息を荒げる。

 

 建物に目線を送りながら、独り言を呟く。


「そういうことか」


 影の正体に、思い当たるふしがあった。


 とりあえず目的を果たしたことで、これ以上踏み込む必要はないと判断して、建物に入ることなくグリゴリーは帰ろうとする。


 はっくしょーん。

 

 起き上がったところで、半裸で大きなくしゃみをした。


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