7.その人、五十嵐武志
土曜日になると、いつも向かっていた体育館ではなく、ゼミ室へ向かうことに。そのドアの前まで行くと後ろから声がかかる。
「真本君じゃん!」
そう声をかけてくれたのは院生の戸崎さんと矢代さんだった。僕が来たことがうれしいらしい。・・・と思うのだけれど。
「ここでいいんですよね、森田塾」
「そうそう、大丈夫あってるよ」
そう言われ中に入ると何人かの同期と院生、そして4年生が数名いる。例によって机はコの字型にされ、中心には先生・・・ではなく、プロジェクターが据えてあり、それはノートPCに繋がっていた。
「・・・何か見るのだろうか?」
そう思っていると有るモノを手渡された。
「これは?」
やってきたのはスケッチブックとクレヨン。ずいぶんと懐かしい感じのするセット。それとノートが一冊。あとは鉛筆だった。マジックで名前が書かれていて「次もつかうからその時にもってきてね」とのこと。
やりとりが終わるとゼミ室にある人物がやってきた。
非常にデカい人。身長はゆうに190㎝はあるだろう。帽子をかぶっていて、作業着を着ている。一目でわかるのは院生でも学部生でもない。明らかに社会人の人って感じの人。
作業着の背中には森田研究室と書かれていて、4年生が来ているモノと同じ物。でもズボンはニッカポッカと呼ばれるとび職が履くようなものだった。
「どこか現場の人ですか?」
という疑問が出てきそうな感じもあったのだけれど、その人は何も言わないでゼミ室の角に座るとそのまま黙っていた。
するとどうやら僕に足りないものがあったらしく、その大きな人は
「真本君にあれ足りてないよ、渡してあげて」
というと、今度はそのまま院生と外に行ってしまった。
僕の森田塾が始まった。
まずやったのはスケッチブックに名前を書く。というモノ。手渡されたクレヨンのなかから「赤、青、黄色、緑」のうちどれかを選んで名前を書き、どうしてその色を選んだのかというモノを発表するという。
「どういうこと?」
心の声が漏れそうになったのだけれど、既に経験している他の同期は何のためらいもなく色を選んでそれぞれの名前を書いていくのが見える。
「えーと・・・じゃあ赤色にしよう。初めてで緊張しているから」
とそんな理由を付けて自分の名前を書く。
そして発表。僕以外の人も青とか黄色とかそういうのを選んで「今日は寒いので青色にしました」とか「いいことが有ったので黄色です」とかそんな感じで言って行く。
「ああ、やっぱりそんなのでいいのか」
僕の番が来ると「初めてで緊張しているので赤色にしました」と言った。
次にやったのは「自分の大切な物10個」を書きだすというモノ。自分の大切な物。なんでもいいので出していいとのことだったのでこれも思い思いに出すことに。
そして次に働くを漢字一文字で表すと?だったり、森田研究室に入った理由などのことを聞かれてそれに書き、発表していく。
なんかよくありそうな「グループディスカッション」と言われればそんな感じもしなくもない。
そしてこの時、僕が思っていたことは1つ。
「これ、なんだ?」
だった。何となく雰囲気的に心理テストとかそういうニュアンスのモノを感じるのだけれど、ああいうのってわけではない。それともう一つ気になっていたのが、デカい人があんまりしゃべらずに部屋の角で僕らの様子を見ているということだけだった。
なんなんだろうか。この空間は。
やがて今日やることが全部終わったらしく、最後に感想をいって終了。机を元に戻し、ある程度時間が空くのを見計らって、僕は矢代さんに質問することにした。
「・・・あの背の高い人は誰ですか?」
「ああ、あれはイガさん。通称イガ。本名五十嵐武志。森田研究室1期生の人」
「なるほど・・・」
正体は卒業生の1人だったらしい。イガさんと呼ばれているその人は森田塾が終わるとどこかへ消えてしまった。
そうして初めての森田塾が終わると、また院生から「次も来てね」と言われて、僕は部活に行くことになった。




