表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/31

26.苗箱出来ない事件

「まっちゃん、準備してきた?」


 早坂君が僕にそう聞く。


「うん。もう、研究室から行くよ」


 苗箱作りに向かう日の前日。僕はリュックにモノを詰めて持ってきていた。行われるのは千葉県。電車に乗って高速バスへ。ちょっとした小旅行みたいな感じもする。


「戸崎さんも行くでしょ?」


「もちろん」


 デジカメとノートを持っていく為にカバンを開き、その中に入れる。あとは何をもっていけばいいだろうか。そんなことを考え、また論文に向かうことに。イガさんに会うということは、書きかけのモノを持っていてもいいだろう。と考え、早坂君と僕は持っていくことにした。


 次の日、研究室から5名、千葉に向って出発した。行き方は戸崎さんが知っているらしく、切符を買ったり、乗り継ぎをしたりと全部付いて行くことに。


「それにしても出発から作業着で行くんですね」


「そりゃそうだよ、森田研だもん」


 周りから見たらどう思われるのだろうか。背中に森田研究室と名前の入った作業着を着た人物が5名。電車に乗っている時にそんなことを思っていたのだけれど、よくよく考えたら、どこにいくにしてもこれを着ていた気がする。


 全員がバスの中で仮眠を取り、目的地のバス停に到着するとそこでイガさんのいつもの車がお出迎え。そのまま農家さんの家に行くことに。


「よろしくお願いします」


 僕らは挨拶を済ませるとそのままビニールハウスに行くことに。そこには見たことがない機械がおかれていた。


 米作り。となると稲作。になるわけだけれど、僕の実家でもやっていること。でも、この苗箱作りというのはやったことがない。


 簡単に言えば稲の苗を育てる箱を作ること。になる。プラスチック製の箱にまず和紙。そして下土をいれて、線のような溝を引き、種もみを並べて、再度上土をかけ、最後に水をかける。


 見たことのない機械はそれを全て一連の作業で出来るように出来ている。


「ここに土を入れて、それでここに籾が入って、それで持って行って並べる」


「なるほど」


 土はそとでなんか別のモノと配合するみたいで、それはスコップを使ってやるとのこと。役割分担をして、誰が何をやるのか決めて作業をすることに。


 基本的な事は経験者の戸崎さんが教えてくれたのだけれど、農家さんもイガさんも特に何も言わない。イガさんに関して言えば質問しても答えてくれず、1日中無言だった。


 そして作業が終わると、イガさんは院生と少しだけ話し合った後、帰ることに。


 来た道を帰ったあと、研究室につくと僕らは中部屋に呼び出された。


「まっちゃん。わかってるよね?」


 そういうと院生はこちらを見る。


「1年間、何を学んできたの?ここで」


 とこの研究室に入って割と初めて本気で怒られることに。僕だけではなく、早坂君たちも院生に怒られることになった。


 どうやら、僕たちの動きが全くイガさんや院生にとって納得できなかったらしい。

「一応・・・僕らなりに真剣にはやったんですけど・・・」


 と返事をしてみるけれど、


「一応?それじゃ困るんだよ。これ、苗箱出来てないよ。どうすんの?」


 いや、苗箱は出来ている。物理的には完成はしている。けれど、そういうことを言いたいわけではないようで。


その最中に僕の電話が鳴った。イガさんからだ。あんまり出たくはないのだけれど、そういうわけにもいかないので出ることに。


「役割分担って何でやったか分かる?」


「どうして何も聞いてこないの?」


「ずっと指示待ち?」


「だから11期生はこの程度なんだよ」


「そろそろ気が付いたら?」


 そうやって本気で詰められることになって、僕は「すいません・・・」としか言うことが出来なくてしょうがなかった。この日、僕らは話し合いを開けと言われ、11期生が集められることに。


 引継ぎや片付けなど、みんなやることが多い中でそれは行われることになったのだけれど。


「まっちゃん。どうして千葉に行ったの?もっと他にやることあるじゃん」


 同期の1人にそう言われてしまった。確かに実験の引継ぎなどはあるのだけれど、それは関係ない。多分、言っているのは環境論文の事。


 自分たちが居ないと環境論文の項目も進まないし、研究室の事をメイン的にやっている人たちが1日いなくなる。というのはこの時期は大きかったらしい。

 取り合えず話し合いの結果、どうして苗箱が出来なかったのかというのをまとめて、イガさんと院生に発表することになった。もちろんプレゼン資料を作成して。


 その日の夜、研究室の部屋にいた僕は早坂君と話し合うことになった。


「あれ、怒ってたよね」


「うん。口では怒ってないって言っていたけど」


 どこかのタイミングで怒られることはあるのかなと、若干思ってはいたけれど、まさか卒論や発表会が終わったこの時だとは思いもよらなかったわけで。


「とりあえず、僕の写真のデータ。これ、渡すから」


「うん。あと、イガさんがこの作業を動画にしてゼミで発表してだって」


「先生に?」


「そうだね。森田塾でやったことだから。それはそれで先生に報告」


「了解」


 僕と早坂君はソフトを起動して、作業をした配置図を書く。「ここに機械で、個々が土を配合する場所。それで僕らの役割分担は・・・」


 そうやってやっている途中に、僕は動画作成ソフトに画像を入れ込んでいく。作業風景を順番に。


 作業が終わることなく続けられ、気が付いたら朝になっていた。


「あれ?まっちゃん、早坂君。あれからやってたの?」


「はい・・・」


 声をかけてきたのは矢代さんだった。


 僕らの様子を見て、煙草を咥えると火を付けた。


「・・・少しだけ手を添えるとだね」


 と急に何かを言い始める。


「11期生は基本的に色々出来る。と俺は思ってる。それはこれまでの実験とか塾とかのまとめを見てればわかる」


「でも、それだけやっていればいいって感がある」


「それだけ?」


「そう」


 矢代さんは置いてあったホワイトボードに少し図を書いた。


「これがまっちゃん、これが早坂君。ね。それぞれ与えられた係、担当があるでしょ?」


「はい」


「でも、もし、何かしらの要素でそれが出来なくなった。としたら?」


「動かなくなりますね」


「そう。でも、それじゃダメなわけよ。なにせここは森田研だから」


「はあ・・・」


 僕は今までの事を振り返っていた。


「土をやっている人は土だけやればいい?籾をやっている人はそれだけやればいい?違うよね」


 矢代さんは僕の方を見た。


「大事なのは苗箱をつくることで、自分の担当している作業をまっとうすることじゃないよね」


 確かに。言われればそうだ。


「・・・ここが別の研究室であればそれでいいんだよ。でも、ここは森田研だ。そうやって全体を見て、目的地を見て、足りない部分があるのであれば待っていても仕方がない。出来る範囲で自分で手を出せ」


「ってことをイガさんは言いたかったし、何よりも11期生なら出来ると見てるんじゃない?でもやってない。だから色々言われるってわけよ」


 その言葉をいうと「手を添えるのはここまで!あとは自分たちで考えなさい」とのことでまた自分の場所へ帰って行った。


 完成したプレゼンをイガさんと院生に見せた後、11期生にも共有することになった。


 それから、何かをつかんだのか、苗箱出来な事件に参加した人。僕を含めたメンツの動きが急に良くなった気がする。


 気のせいではない。


 自分の担当する分野だけやっていたとしても、環境論文は完成しない。自分にわかるところは手を出して、他の人がやっている領域まで行く。ということが始まった。そうするとそれに同調して他の人たちも僕のやっていることに手を出すようになってきた。


「卒業のあと見る動画とか写真は僕がやるよ」そういって村上君は僕からそれ関係のやることを全部持って行ってくれたし、研究室の方付けや必要なモノの買い出しなども僕以外の同期がやってくれるようになってきた。


「やっと、この最後の最後にきて、動き出した感があるね」


 そう僕に矢代さんは言ってきた。


「・・・そうですね」僕はそう返事をするとカレンダーを眺めた。


 2月下旬。もう少しでキックオフ合宿と卒業旅行を兼ねたものがやってくる。そしたらもう3月は目の前。卒業式とその後の宴会が待っている。


 合宿に関しては昨年と同じなのもあるし、今回は岡崎君たち12期生が主導でやるということを決めている。だから予約とか冊子の制作などは全て引継ぎが終わっていて、僕は彼らのやっていることの報告を聞くだけになっていた。


 こっちは何も心配することは無い。


 僕ら11期生にある最後のやらなければならないことはその最後の宴会で、


「森田先生に環境論文を渡さなければならない」ということ。


 イガさんがしきりに「実践の場」とか「農」というものを森田研究室に入れたのを何となく理解することが出来たような気もする。


 工業大学の研究室がどうして農をやらなければいけないのか。研究室の前に置いてある植木鉢や花壇に植えられた野菜。そしてそれらをまとめていく過程。


「全部がこうやって繋がるのかな」


 部屋にあったホワイトボードに今まで自分がやってきたことを書いてみる。すると、徐々に繋がってきた1つのモノ。それを色彩で通して見た時に何かが見えそうで見えない。


「もしかして、こういうことなのか?」


 10期生が書いた論文、その前の9期が書いた論文。それが置いてある棚を見つめるとある考えが自分の中に出てきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ