24.卒論、卒研発表
卒論の提出が待っている今月。研究室の雰囲気は加速していく。それは僕たちだけではなく、矢代さん達、修士2年生も同様だった。論文をまとめて印刷しては推敲。そして修正。
森田先生からのフォローが入り、各実験班は論文を作り上げていく。
その隙を縫うようにして僕と矢代さん。そして岡崎君は昨年と同じようにディスカウントストアにやって来ていた。OB会でやるビンゴゲームの景品を買いに来た。
「そういえば来年矢代さんがいないってことは、車出す人いなくなりますね」
「ああ、なんか伊佐木君が車手に入りそうだって。ほら、この時期は学生が卒業していくから」
田舎にあるのが幸いなのかどうなのか。結構車通いの人が多く、大学を卒業と同時に車を買い替える、手放す人も多い。伊佐木君は友人が多く、その伝手で安く車が手に入るとのことだった。
「じゃあ来年は伊佐木さんに車をお願いすればいいですかね」
「そうだね」
岡崎君がそう言った。
このあと控えている味噌作りは早坂君とそれ担当の12期生、鈴木君と一緒にやるとのことで、それも動き出していた。
それと環境論文の制作も継続している。ある程度、形にはなりつつあるものの、僕や早坂君とかの一部はまだその姿が見えていなかった。
「いや、参ったなおい」
他の人はご飯に行ったり、買い物に行ったり。そんな中、パソコンと本の前で考える僕。
大学に入る前はまさかこんなことをしているとは思わなかった。
しかも考えているのは電気とかそういうことではなく、色彩の事。そのことをずっと考えていた。
「本に書いてあることをそのまままとめても、本を読めばいいだけ」
「・・・絵本の時の資料とか見てみようかな」
絵本の内容を気質でまとめた。今目の前にあるのは色彩。環境論文としての項目。であるなら「森田塾でやってきた内容を色彩でまとめる」というのが自分なりに考えた答えである。
塾の内容を気質でまとめる。というのは教科書を作る時にやっている。
「で、あるならばどういうこと?」
いつもそうだけれど、院生もイガさんも「出来ないことは言わない」のでこれは僕に出来る事であることはそのままで。ただ単に気が付いていない自分の出来る事が多分、彼らには見えているのだろうか。
「出来ることを出来たとしても、それは森田研としては当たり前。出来ないことが出来るようになるのに・・・その、なんというか見出す、というか見つけ出す。みたいな」
とかなんとか考えていると12期生と同期が帰ってきた。靴箱に靴をちゃんとしまう。というのは同期が見せ、それに従って12期生も同じように行動する。
「背中」
そうイガさんはいっていた。言葉よりも何よりも、行動がモノを言うのだと。そうなると僕がこうやって本とパソコンに向かい、イガさんの課題をやっている姿勢にもそういう意味があるわけで。
「作法」
みたいな感じだろうか。そう考えていると岡崎君、若林君が帰ってきたので引き続き実験の事やイベントの事を引き継ぐことにした。
1月中旬。1年間やってきた卒業研究。その論文が完成した。森田先生から判子を貰い、そして大学に提出。あとは査読といって他の教授に読んでもらう必要性があるのだけれど、その判定が出る前に「卒研発表」の為の最後のプレゼン資料を作らなければいけない。
「でもまあほとんど出来てるね」
僕が近藤君とその資料を見ながら言う。
「うん。これを後は見やすくしたりとかそういう感じにすればいいと思う」
発表は2月上旬。まだ少し時間がある。
早坂君が僕の元へやって来てあることを伝えた。それはイガさんからだった。
「2月中旬に苗箱を作るから千葉に来て。だって」
「はい?」
「・・・苗箱ってなんの?」
「稲の」
イガさんは今年から千葉で米を作るらしい。それは知っている。けれど、そのための苗箱を作るのを僕たちにも参加して欲しいとのこと。
「・・・人の指定もあって、戸崎さん、俺、まっちゃん、伊佐木君、中村君。だって」
「そのメンツ?」
もちろん、このメンツに声がかけられたのは気まぐれでも何でもない。完全に環境論文作成において、なかなかいい返事がもらえてない組である。というよりも、指定されたメンツが手を付けていた環境論文の項目は「11期ならでは」の部分が多い。
僕は色彩であるが、近藤君たちは「歴史や会計報告」などの項目。言うなれば「前年のを見て写したもの」であったとしても良い領域のモノである。
「・・・でも時期的にもう卒研発表終わってるじゃん」
「それをいったら、キックオフと卒業旅行もそうだよ」
早坂君が言うこともその通り。他の研究室だって、今の4年生の発表が終わればもう何もすることはない。一部、引継ぎなんかがあるのかもしれないけれど、あとは論文の発表の査読や審査待ち。
卒業式まで次の進路に向けて片付けをしたり、準備をしたりという時期でもある。
イガさんや院生が言うには「あなた達の姿勢、態度、スピードが遅いからここまでのびちゃったんだよ。本来ならこんなに予定はつまらないから」
つまり、僕たちが「色々気が付くのが遅い」のが一番の原因らしい。
「うーん・・・」
また僕は考え込むわけだけれど、何も思いつかなかった。
「まっちゃん、行くよ」
そんなこんなで卒業アルバムに載せる写真を撮る日がやってきた。村上君の案内で院生や4年生が撮影会場に向かう。
森田研は伝統的に私服でもスーツでもなく、お揃いの作業着で卒業アルバムの写真に載ることになる。
「流石にこれだけの人数、作業着が揃うと圧巻だね」
「確かに」
院生も作業着姿となるのだけれど、気が付いたことが有って、それが彼らの期の作業着ではなく、キチンと11期生のデザインの作業着を着て写真を撮るし、先生も同じようにすることである。
「自分たちの期のじゃないんだ」
森田研で何かをやるとき、自分はもう「環境論文」そこに何を描けばいいのか。ということを常に考えるようになっていた。
「きっかけはどこかにあるはず」
そう思って、全ての行動ややっていることに目線を向けて考えるようになっていった。
空いている時間に卒研の発表練習、資料の見直し、そして色彩をまとめる。ということをやっているといつの間にか「卒研発表当日」を迎えることに。
僕ら11期生は全員スーツ。そして12期生は昨年の僕たちと同じように全員が作業着を着て発表を聞くことに。
この場所に来るまでに何回資料を作って、何回発表を重ねたのか分からない。しかも今回の卒研発表は、いつもはしない「練習」もしてある。その結果、特に緊張せずに発表することが出来たのだけれど、ここから先に待っているのが質疑応答。
電気科の教授、他の科の教授。それぞれが僕たちの実験に関して聞きたいことを聞いて行く。
それに対してもそれ用の資料を作っておいて、答えるということもできた。
「なかなか上手く行ったかも」
と自分ではおもっていたのだけれど、これも森田研であれば当たり前の事であって。
自分の番が終わり、のこりの同期の発表を聞いた後、僕たちはいつものように研究室に帰っていく。
さあ、お疲れさま!これでこの物語は終劇です、ご清聴ありがとうございました。と言えればいいのだけれど、そうはいかない。
同じように新村研の人たちも発表が終わると研究室に戻って来ていた。
「真本君もお疲れ様!いやーなんとか上手く行ったね」
そう声をかけてきたのは新村研の三浦君だった。
「うん、三浦君は卒業後どうするの?」
「地元に就職できたから。・・・真本君は?」
「一応、この後九州。それでその後の配属は決まってないよ」
「そうか、じゃあ会えるのも今月までだね」
とかいう世間話を少しした後、三浦君は「これから打ち上げだから」とのことで新村研のメンツのところへ行った。
「・・・こっちはこれから、論文作りです」
と後ろから戸崎さんがそう言ってきた。そうですよね、はい。まだ終わってませんからね。
そう思って僕も研究室の自分の机に帰った。




