22.伝説の「カエルくんへ」そして水力学
ある日、研究室でパソコンに向かっていると伊佐木君が紙を持ってやってきた。珍しく彼が笑いながら
「まっちゃん、これ見てよ」
と手渡してきたのは割と年季の入った紙。懐かしい。どうやら400字詰めの原稿用紙。小学生の時とかに作文で使ったやつである。
受け取るとそこには「カエルくんへ」というもじがギリギリ読み取れるくらいの綺麗さで書かれていて、作者のとこには「いがらしたけし」と書かれている。なにこれ。
「読んでみてよ」
「これを?」
「うん」
あまがえるくんはすごいと思います。でもひきがえるくんはもっとすごいと思います。かえるくんは雨がやってくると出てきます。それがとてもすごいと思います。
とかなんとか。とにかく「カエルはすごい」らしい。ってことが分かる作文。で、そこに赤ペンで色々文章が書いてある。きっとこれを見た先生がかいたやつだろう。
「これなによ?」
そんなことは置いておいて、そう、これはなんだ?そもそも。
「これ、イガさんの小学生の時の作文だってさ」
「そうなの?・・・よく残ってたねこんなの」
小学生の時の作文。卒業文集とかはのこっているかもしれないけれど、こうやって原稿があるのは凄いと思った。
「で、これどうすんの?」
「動画化して欲しいって言われた?」
「・・・僕が?」
「いや、俺が。・・・やりたいならまっちゃんやってもいいよ」
「とんでもない」
動画化してどうすんの?と聞くと、最後の先生との宴会みたいな場所で流すらしい。森田研はイベントの度、写真をゼミで発表したり、その都度、動画を作って先生と一緒に見たりということをしていたのだけれど。
「これ、あんまり関係なくない?」
「あんまりじゃなくて全然関係ないよ」
そう伊佐木君は笑っていた。
まあでも、僕が頼まれたわけでもないから。きっと伊佐木君ならやるだろうと思っていたところに、イガさんからの電話がやってきた。
イガさんは今、千葉にいるらしい。
「まっちゃんさ、ザリガニが畔に穴をあけて水が抜けるんだけど」
「はい」
「その穴、だんだんと大きくなるんだよね」
「はい」
「どうしてかわかる?」
「いや・・・水が流れるからでは?」
イガさんは僕にそのまま研究室の中部屋に行くように言って、仕方なく僕はそこに向かうことに。
「・・・ああ、ありますね確かに」
言われた先にあったのは「水力学」と書かれた本だった。電話が落ちないように肩で支えながらページをめくっていく。
「それ使って、水が抜けるの説明して。今週末には研究室に行くから。その時までにプレゼン資料にしてまとめておいて」
「え?これを?」
「そうそう、よろしく」
そう言うと電話を切られてしまった。
「やることが増えてしまった・・・」
でも「やって」と言われたらもう断れる段階とかやらないステージに居るわけでもなく、とにかくやるわけである。本を開いてまとめていくことになった。
僕がそういうことをやっている中、他の人たちと3年生が引継ぎ資料作りの為にでいりしている雰囲気を感じる。
12期生は僕らの時と余り変わらない感じで毎日研究室に来る人もいれば、1回も来ない人もいる。といった感じ。
「やや、それはいいから水力学をまとめないと」
流体力学という専門的な学問があって、それを知る必要が有るらしい。流体が流れるということはそこに「層流と乱流」というものがある。同じ流れのように見えて水の動きはそのなかでこの2層構造の合わせ技みたいな感じで動いているらしい。
「・・・いや、なにこれ」
電気の事ではない。流体力学はどちらかと言うと機械科とかシステム科とかそっちの方の専門分野。あんまり聞いたことがない単語が並んでいく。
手が進まなくなったので自販機に向かって行き、お茶を買ってきて喫煙所へ。そこには伊佐木君と中村君がいて、僕と同じような顔をしていた。
彼らは院生としてのこる。ということは彼らには彼らのやることがあるわけで。もちろんそれは環境論文の内容も含まれているのだけれど。
「終わりそう?」
「どうだろ」
伊佐木君は「リーダーについて」中村君は「共育」。やっぱりそういう系統のモノをイガさんや院生は充てているわけで。あとからやってきた早坂君は「農」についてだった。
「これは年末帰れないね」
「良かったじゃん。去年帰っておいて」
「まあ、そりゃそうだけど」
外を見ると夜。腕時計を見ると夜中の1時。これはもうずっとだけれど、森田研は夜に動くことが多い。昼は実験、それからゼミ、そしてイガさんの課題的なやつ。きっと外から見ると確かに「夜遅くまで電気のついている大変な研究室」だろう。
確かにやることは多いきがするのだけれど、時間を調整すれば夜ではなく、昼に活動することもできるのだけれど、なぜか同期も院生もこの時間に動く。
「これが森田研のリズムであるなら仕方ない」
そう思いながら僕はまた机に帰ることにした。




