第七十一話 第十五章「父を探して」其の十
実際彼はいざというときの水と食糧を霧の領域の外部から馬に積んできていた。
龍鳥はといえば、草原蒼馬のことはそっちのけで龍三丸との再会を楽しんでいるように思えた。
龍三丸はまるであたらしい親をみつけたようだった。
龍鳥の差し出した人差し指の鉤爪に戯れるように、じゃれるようにしがみついている。
だがそうしている間に無情に時間は過ぎた。
「わたしはもう行かねばならぬようだ。龍鳥とともに」
宗次はそう言うと龍鳥の差し出した手に自分の足をかけた。
そのまま龍鳥の腕づたいに駆け上がると龍鳥の肩に乗った。
見事な動きであった。
猿田彦が龍鳥の肩にしがみついている宗次を眩しそうに見た。
「ではさらばだ。我が息子、堅柳泰賀、“おわらせるもの”よ」
そして地面に倒れたままの蒼馬を見ると、
「すぐそばに霧の民がうち捨てた小屋がある。もう使われてはいない。ここにいた
霧の民はここを去って他の場所に行ってしまった。泰雅よ、おまえには蒼馬殿をその中に運んでもらいたいのだ。小屋には人ひとり安げられる寝床と火を起こすところもある。もう使われなくなったものだから、おまえが使えばいい。そして手持ちの水と食糧を彼に与えて、彼を介抱してもらいたいのだ、手助けできなくて申し訳ない。蒼馬殿は堅柳宗次などの助けはいらぬようだがな」
宗次は微かに悲しそうな顔をした。
「ではわたしは行かなければならない」
宗次は言って龍鳥の肩につかまり直した。
それが合図のように龍鳥は羽ばたき、地面から浮かび上がった。
龍三丸から残念そうに指を離し、龍三丸も残念そうにそれに応じた。
「はじめに草原蒼馬から分離したときに龍鳥から伝えられたのだ」
宗次は言った。
「分離しているときを見はからってなるべく離れろとな。その言葉にならうことにしたわけだ。そんなわけで龍鳥とともに、あらたにやすげる冥府にでも行くかな。あそこなら草原蒼馬の頭の中とは別次元だし」
「父上!」
思わず泰雅は叫んだ。
龍鳥は羽ばたき続け、宗次とともに霧の彼方へ飛び去ってしまった。
「安心されよ、堅柳宗次の息子よ」
地面にいる猿田彦が言った。
「龍鳥さまはそなたのお父上をとてもこころやすらぐ場所へ連れて行くと仰っておられた。言うなれば天国に近いところだ。そなたのお父上も長年他人の頭のなかに居座ることを止めにして広々とした場所に出て、随分と楽になるのではないか」
龍鳥が飛び去った後を追うように猿田彦は体の向きを変え、ひとつ咳ばらいをした。
「さて、わたしは龍鳥さまの後を追わなければならない」
猿田彦は言った。
「だからそこに倒れている草原蒼馬の介抱をしてやれない。安心するがいい、彼はただ飲まず食わずで倒れているだけだ。少し飲み食いできるものを与えてやればすぐに回復する。では泰雅くん、君に任せた。それでは」
猿田彦はそれだけ言うと二本足で立ち上がり、霧の向こうへ走り去ってしまった。




