第69話 終わったはずの物語
夜明け。
神の門は消えた。魔王軍も、人類軍も、誰もが戦いの終わりを見届けていた。
リシェルは地面に膝をついていた。腕の中には悠。だったはずだった。
しかし。
「あのー……」
聞き慣れた声が響く。リシェルが固まる。周囲も固まる。「え?」
ゆっくり振り返る。そこにいたのは。
黒髪、黒い瞳、角もない、翼もない、魔力もない。どこにでもいそうな青年。悠だった。しかも無傷、ピンピンしている。
「……え?」リシェルの思考が停止する。
「いや、俺も分からん」悠も困っていた。
本当に分からない。神は消えた、キングも消えた、魔王の力も消えた。気が付いたら元の人間の姿になっていた。
「なんで生きてるんだ俺」本人が一番困惑していた。
戦場全体が沈黙する。「魔王様?」魔王軍。「勇者様が刺しましたよね?」人類軍。全員が混乱していた。
その時、リシェルが立ち上がる。ゆっくり、本当にゆっくりと悠へ近づく。
「り……リシェル?」悠の額から汗が流れる。怖い。なぜか分からないが怖い。
リシェルは震えていた。「私」一歩。「泣いたんです」二歩。「たくさん泣いたんです」三歩。
「いや、その、説明をですね」悠は後退した。
「できますか?」
笑顔だった。しかし目が笑っていない。悠は人生で最大の危機を感じた。神より怖かった。
「落ち着こう。話し合いって大事だよな?」
「そうですね」即答だった。悠は冷や汗を流した。
その瞬間、リシェルが悠の腕を掴む。
がしっ。
「もう、逃がしません」
「待って、待ってください」
「待ちません」
悠は本能的に悟った。終わった。
しかし、次の瞬間、リシェルの背中から光の翼が現れた。勇者の力の名残だった。
「え?」悠が言った。
「え?」周囲も言った。
そして、リシェルは悠を抱え上げた。お姫様抱っこで。
「ちょっと待て。リシェル?話を聞こう」
「後で聞きます」
「今じゃ駄目?」
「駄目です」即答だった。
バサァッ!!
光の翼が広がる。リシェルは悠を抱えたまま空へ飛び上がった。
「うわああああああ!?」
悠の悲鳴が響く。
地上では。「勇者様が魔王を連れて行った」人類軍。「魔王様が攫われた」魔王軍。全員が同じ顔になった。何が起きたのか分からない。
空高く、リシェルは悠をしっかり抱きしめたまま飛ぶ。悠はオロオロしていた。
「リシェル?」
「なんでしょう」
「どこ行くの?」
「二人きりになれる場所です」
「嫌な予感しかしない」
「安心してください」
「全然安心できない」
リシェルは微笑んだ。その笑顔は優しかった。しかし長年積もった話が山ほどある笑顔でもあった。
こうして神との戦いを終えた悠は、最後の最後に、最も勝てない相手との時間を迎えることになった。




