第65話 魔王、敗北を知る
魔王軍の侵攻は順調だった。いや、順調すぎた。
城塞都市が落ちる。砦が落ちる。国境線が崩壊する。魔王軍は圧倒的で、誰も止められない。魔王軍幹部たちは勝利を確信していた。
「このまま王都まで一直線ですな」
「人類に勝ち目はありません」
「一年以内に終戦でしょう」
しかし、その予想は覆された。ある日、最前線から報告が届く。
「第三軍団壊滅!」
魔王城の会議室が静まり返った。
「……は?」悠は報告書を見た。壊滅。見間違いではない。三万の魔族が消えた。
「理由は?」
「勇者です」伝令が震えながら答えた。
その一言だった。
「勇者?」悠は眉をひそめる。勇者。昔から何度も見てきた。オーク王の時も、コボルト王の時も、サソリ王の時も。しかし今回は違った。
「第五軍団敗北!」
「第七軍団撤退!」
「魔竜部隊全滅!」
次々と報告が入り、会議室の空気が凍る。悠もさすがに顔を引きつらせた。
(おかしいだろ)
魔王軍である。歴代最大戦力。その軍勢が一人の勇者に押し返されていた。報告書にはこう書かれていた。
『勇者が戦場へ現れた瞬間、戦況が逆転』
『聖剣の一撃で魔竜討伐』
『魔族将軍討伐』
『戦線崩壊』
「なんだそれ」悠は頭を抱えた。
その後も敗北は続く。
前進する→勇者登場→負ける→撤退。前進する→勇者登場→負ける→撤退。
繰り返しだった。
数か月後。魔王城。
ドゴォォォォン!!
悠は机を叩いた。机が粉々になる。「ふざけんな!!」
ついに切れた。魔族幹部たちが震える。
「ま、魔王様……」
悠は本気で怒っていた。今までの転生人生、負けること自体はあった。しかし、ここまで一方的に押し返されるのは珍しい。
しかも、報告を読むたびに違和感がある。
勇者の戦い方が妙に優しい。妙に甘い。撤退する兵を追撃しない、民間人を守る、捕虜を解放する。報告書に描かれた姿絵。どこかで見たような、そんな気がした。
「……会う」悠は立ち上がった。
「魔王様?」
「直接行く」
なぜここまで負けるのか、なぜこんなにも気になるのか。確かめるために。
そして、その頃、勇者もまた魔王軍の情報を読んでいた。
「魔王……悠」
その名前を口にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。理由は分からない。会ったこともない、敵のはずなのに、なぜか懐かしい。そんな感覚だけが残っていた。
こうして魔王と勇者、運命の再会が少しずつ近づいていた。




