第64話 魔王の憂鬱
魔王城。黒曜石の玉座の上で、悠は頭を抱えていた。
(……強すぎる)
魔王になって数日。能力を確認した悠は、思わず黙り込んでいた。
《全魔族支配》
《魔力超増幅》
《空間支配》
《生命支配》
《魔王軍召喚》
《神格干渉》
能力の説明を見た瞬間、悠は理解した。
(今までとは次元が違う)
スライム王、オーク王、吸血鬼王、蜘蛛王。どの時代の自分よりも圧倒的に強い。そして、あの空から神罰を落としてきた存在。
(今なら……届くかもしれない)
神。何度も自分を殺した存在。ようやく戦う資格を得た気がした。
しかし。
《魔王としての使命を確認》
《人類圏侵略を開始してください》
悠は無表情になった。「またそれか……」
《キング》は相変わらずだった。王になれば支配しろ、支配をやめれば死ね。本当に面倒なスキルである。
《長期間未行動》
《処刑判定準備》
「はいはい」悠は玉座から立ち上がった。「軍を集めろ」
「魔王様万歳!」
「人類を滅ぼせ!」
「世界を我らのものに!」
魔族たちが歓声を上げる中、悠だけが深くため息をついていた。
数日後、魔王軍は進軍を開始した。
魔竜、悪魔、死霊、オーガ。数十万を超える魔族の軍勢が、人類最大国家。王国連合の国境へ向かう。
城壁の上では兵士たちが震えていた。「魔王軍だ……」「終わりだ……」絶望が広がる。
一方、魔王軍の先頭を歩く悠は。
(帰りたい)
心からそう思っていた。
その頃、王国連合の王都。巨大な聖堂の前で、一人の少女が剣を受け取っていた。白銀の髪、澄んだ瞳、凛とした雰囲気。
「勇者よ」神殿の司祭が告げる。「どうか世界をお救いください」
少女は静かに頷いた。「分かりました」
その声は優しかった。どこか懐かしさを感じるほどに。
しかし、少女自身は知らない。なぜか時々見る夢。霧の沼、月夜、そして誰かと笑い合っていた記憶。顔は思い出せない、名前も分からない。それでも胸が少し痛む。
「……変な夢」少女は小さく呟き、勇者の剣を握った。
その瞬間。遠い戦場で、魔王となった悠は理由もなく空を見上げた。
(なんだ……?)
胸が少しだけ騒いだ。理由は分からない。しかし、運命は確実に動き始めていた。
魔王。勇者。やがて相対する二人は、まだ互いの存在を知らない。




