第53話 霧の終焉
夜の沼は静まり返っていた。
霧は深く、月明かりさえ飲み込むほど濃い。
だがその霧を裂くように、金属の足音が鳴り響く。
「見つけたぞ! 魔女の棲む沼だ!」
人間の軍勢が現れた。
聖印を掲げ、炎の松明を掲げながら、彼らは恐れと憎悪の混じった声で叫ぶ。
「この地を清めろ! 魔女と魔獣を滅せよ!」
リシェルの塔の上。
彼女は結界を張りながら、唇を噛んでいた。
「数が多すぎる……!」
悠は彼女の隣で槍を構えた。巨大なカエルの姿のまま、沼の主として、咆哮を上げる。
(ここは、俺たちの国だ……誰にも壊させねぇ)
《スキル《キング》発動:支配領域・水域拡張》
《効果:全ての水辺生物を支配下に置く》
無数の水音が轟いた。カエル、魚、蛇、ワニ、スライムの群れが沼から現れ、侵入した人間たちを呑み込む。
兵の悲鳴。炎の光が霧に反射し、血の赤と混じる。だが敵は止まらなかった。
聖騎士たちが結界の中へ突入し、聖なる光の矢がリシェルの胸を貫いた。
(リシェルッ!!)
悠が叫び、彼女を抱きとめる。
「……だいじょうぶ。まだ……魔法が……」
だが、彼女の手から杖が滑り落ちた。
悠は立ち上がり、怒りに目を染める。
(この世界は……何を壊せば気が済むんだッ!!)
《キング発動:沼神形態》
水が爆ぜ、霧が黒く染まる。
巨大な波が城壁のように立ち上がり、人間の軍を丸ごと呑み込んだ。
炎が消え、光が沈み、静寂が戻る。
だがその力の代償は、重かった。
悠の身体がひび割れ、沼の泥へと崩れ落ちていく。
「……悠……あなた、泣いてるの?」
リシェルが微笑む。
その指が、彼の頬に触れた。
(あぁ……俺、泣いてるのか)
「……あなた、王なのに……人間みたいね」
悠は笑った。
(そうだな。でも今は、王でも化け物でもない。ただお前を守りたかった)
霧の中、二人の姿が静かに沈んでいく。
「また……どこかで、会える?」
(ああ。俺は、何度でも王になる)
リシェルの瞳が静かに閉じられ、沼がすべてを飲み込んだ。
そして、光。熱。乾いた風。焼けつくような太陽。
《転生完了:種族・スコーピオンロード(砂蝎王)》
悠は砂に埋もれた体を動かし、ぎらつく太陽を見上げた。
(……今度は砂漠か。何もない、何も守れない場所……)
だが、心の奥で彼は気づいていた。
胸のどこかに、リシェルの声が残っていることを。
(生きてみよう。今度は、愛した記憶と一緒に)
砂の風が吹き抜ける。
“孤独の王”は、また新たな地で目を覚ました。




