第51話 争いを知らぬ王
木々の枝が絡み合う山の頂。
その奥に、“猿の王国”があった。岩を積み上げた巣、果実と獣肉を貯える倉、群れの子供たちが枝の上を飛び回る。
悠は、木の上で彼らを見下ろしながら、
(……平和だ)と呟いた。
《スキル《キング》発動:知識共有(猿王形態)》
この姿になってから、彼は言葉を発せない。だが、思考で“意思”を伝える力を得ていた。
視線や仕草ではなく、心で伝わる“声”。
その力を使い、悠は群れに教えた。
食料を分け合うこと。他の群れを襲わないこと。弱い者を守ること。
最初は戸惑いがあった。だが、次第に山猿たちは穏やかになり、争いは少しずつ減っていった。
ある日。
悠は大岩の上で、群れの中心に立った。
周囲には果実と肉が積まれ、皆が穏やかに鳴いていた。
(……やっと、争いのない国になった)
風が吹き抜け、どこか遠くで鳥が鳴いた。その瞬間、一匹の若い雄猿が立ち上がった。
「グルルル……!」
唸り声と共に、悠を睨みつける。体は大きく、牙は鋭い。群れの中でもっとも力のある猿。バリガだった。
悠は首を横に振る。
(戦うな。もうそんな時代は終わりだ)
だが、若猿の瞳には理解ではなく、憎しみがあった。
「……弱イ王ハ、王ジャナイ」
低く、冷たい意志が伝わる。他の猿たちもざわめき始めた。争いを知らぬ群れは、
“力の序列”を忘れかけていた。だが本能は、忘れていなかったのだ。
夜。
悠は眠れず、木の上で星を見ていた。
(平和を作るってのは……誰かが犠牲になるってことかもしれないな)
下の方では、若猿たちが密かに集まっていた。果実を盗み、群れを分け、“新しい群れ”を作ろうとしている。
(……また、分裂か)
風が冷たく吹き抜ける。《キング》の声が、脳裏で囁く。
《統治者ノ義務:秩序ノ維持》
《違反時:権能剥奪・討伐対象化》
「……やめろ」
(俺は、もう誰も殺したくないんだ)
だが、スキルは容赦しなかった。王の座を守らなければ、“処刑”される。
悠は苦笑した。
(なるほど。争いをやめる王は、“不要”ってわけか)
夜が明け、群れの裏切りが始まった。
悠は枝の上で、再び血に染まる山を見下ろしていた。バリガの咆哮。裏切り者たちの嘲り。そして、森を焦がすような怒りの気配。
(……俺の理想は、やっぱり間違ってるのか?)
彼の背後で、《キング》の声が囁いた。
《処刑条件:支配の放棄を確認》
(……そうか)
悠は空を見上げ、最後に小さく笑った。
(平和を望んだ王は、こうして死ぬんだな)
その瞬間、背後から鋭い牙が突き立ち、
悠の視界は闇に染まった。
そして、また転生の光。
今度の空気は重く、湿っていた。粘土の匂い。遠くで水が流れる音。
《転生完了:種族・トードロード(蟾蜍王)》
(カエルか……また、湿っぽい人生だな)
悠は沼の中で静かに息を吐いた。
(でも、今度こそ……“生きる”だけの王でいい)
だがその沼には、“沼の魔女”と呼ばれる存在が、彼を見下ろしていた。




