第12話 チョウチョ王国、花蜜都市を築く
朝の森は静かで、甘い香りに包まれていた。
風が吹くたびに花々が揺れ、色とりどりの蝶たちがひらひらと舞う。
悠。いや、今や“チョウ王”となった彼は、花びらの上に軽やかに立ち、眼下に広がる幻想的な光景を見下ろしていた。
(……だいぶ増えたな)
かつては数匹しかいなかったチョウ族の群れ。
それが今では、百を超える繁栄を見せている。
《花蜜連邦:展開範囲 拡大中》
《チョウ族の数:132》
《安定度:良好》
それぞれの群れが花を拠点に暮らし、蜜を集め、卵を守り、羽を休めるための「花房」が点在していた。
森全体がひとつの巨大な都市――“花蜜都市”と化していたのだ。
花と花を結ぶ光の道が走り、風の流れを利用した通信網が機能している。
それは自然と調和した、美しくも賢い文明の形だった。
(……自然と共存する都市、か。悪くない)
悠は羽をふるわせる。
周囲の蝶たちが応えるように、光の反射を返した。
その中から、一際鮮やかな紫の翅を持つ蝶が舞い降りてくる。
【王よ、報告を】
チョウ族の参謀、メリア。穏やかな気品を漂わせながらも、その瞳は鋭く知性に満ちていた。
【北の花原まで勢力を拡大しました。蜜の流れも安定しております。……ですが、一つ問題が】
(問題?)
【蜂族が動いています】
(蜂か……まぁ、予想はしてた)
チョウ族の領域が広がれば、蜜をめぐる摩擦が生じるのは当然だ。
蜂たちは縄張り意識が強く、そして戦闘に長けている。
(こっちは防御より美しさ重視の体だしな……)
(戦う気はない。だが、侵略してくるなら話は別だ)
悠は羽を閉じ、しばし思索に沈む。
やがて、微かに心で笑った。
(……いや、争うより、共に栄えりゃいい)
(メリア、蜂族に伝えてくれ)
【王からの使者として?】
(ああ。“花蜜の道”を分け合おうってな)
メリアの翅が柔らかく光を帯びた。
【……理解しました。すぐに使者を】
彼女が飛び立つと、悠は空を仰ぐ。
木々の隙間から光が差し込み、無数の蝶がその中で舞っていた。
《スキル《花蜜連邦》が進化しました》
《新スキル《花環交易》を獲得》
《効果:他種族との資源交換が可能》
(……これだ。戦わずして広がる王国。
俺の理想の“楽して偉くなる”王政だ)
悠は羽を広げ、そよ風に身を乗せた。
花の香りが流れ、森全体がやわらかく光に包まれる。
そのとき。
遠くの樹上で、黒い影がわずかに動いた。
複眼のきらめき、鋭く噛み合う顎。
まだ名も知らぬ新たな群体。
《未知の群体を感知:蟻族》
《観察中》
(……来たな。次の隣人か)
だが、悠は焦らなかった。
花蜜都市の風は、今日も穏やかに吹いている。
(争いではなく、共に栄える。それが本当の“王国”だ)
チョウの王は、花々の上を優雅に舞い上がった。
その姿はまるで、光そのものを纏い歩む“真の王”のようだった。




