第13話 花蜜王国、燃ゆ
朝の光がまだ淡く、森の葉の影が長く伸びていた。
その静寂を破るように、地の底から不穏な地鳴りが響く。
花々の間を流れる蜜の道、“花蜜ライン”が突如として崩れ、土を割って黒い群れが這い出した。
アリ族。
巨大な顎を持つ兵アリたちが、規律正しく行進しながら花を切り倒していく。
蜜を、花粉を、茎を。
すべてを“資源”として奪い取る冷酷な侵略。
(……来やがったか)
チョウ王・悠は、花房の上からその光景を見下ろしていた。
自らの築いた“花蜜都市”が、音を立てて崩れていく。
誇りだった楽園が、今や蹂躙の炎に包まれつつあった。
(あれは……防衛線を突破されてる)
そこへ、泥と花粉にまみれたメリアが飛び込んできた。
美しかった紫の翅は焦げ、息は荒い。
【王! 東側の花原が……焼かれています!】
(焼かれてる……? アリが火を使うのか?)
【いえ……陽炎の魔石を! 熱で花を枯らすつもりです!】
悠は眉をひそめた。
蝶たちは戦いに不向き。
武器も、鎧も、戦意すら持たない民だ。
(……武力じゃ勝てねぇ)
だが、王として黙って滅びを見ているわけにはいかない。
(メリア、避難だ。戦うな、逃げろ)
【ですが、王!!】
(俺たちは“花”と生きる。戦いのために羽を持ってるわけじゃない)
それだけ言い残し、悠は羽ばたいた。
花蜜の空をくぐり抜け、上空から全体を見渡す。
無数の黒い点。
崩れゆく花々。
そして、燃え落ちていく“王の座”。
(……これが、現実か)
甘い香りに包まれていた楽園は、
あっという間に焦げた土の世界へと変わり果てた。
蝶たちの羽音が、泣き叫ぶように響く。
悠は最後に、ひとつだけ残った白い花のもとへ降り立った。
その花は、まだ燃え尽きずに立っていた。
(……せめて、これだけは)
そっと触れた瞬間、地面が震える。
土を割って現れたのは、鋭い顎を光らせたアリ族の将。
【見つけたぞ、チョウの王!】
無数の兵アリが押し寄せ、花の根を踏み荒らす。
悠は小さく羽を震わせ、最後の思いを心で呟いた。
(……王なんて、柄じゃなかったな)
次の瞬間、無数の顎がその身体を覆い尽くした。
羽が千切れ、土が舞う。
光が消え、すべてが静寂に飲み込まれた。
《チョウ王、死亡》
《スキル《キング》発動条件:再転生》
そして、光が弾けた。
目を開けると、冷たい水流の中。
悠は長く、滑らかな体を持っていた。
《新たな肉体を確認:サーペント族(蛇)》
《称号:蛇王》
(……え、今度はヘビかよ!?)
森の奥で、一匹の蛇が身をくねらせる。
焼けた花々の根の下を、静かに、冷たく這う。
それは復讐の影。
かつて花の王だった者が、今、土の底から牙を研ぎ澄ませていた。




