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お姉様は、私のことを見ていない。正しく私という妹が何が好きで何が嫌いかとか、どういったことを望んでいるかとか――そんな私の意思などお姉様には関係がないのだと思う。
自分が思う、“妹”の姿こそが正しいとそんな風に思っているのかもしれない。
私やグラナート様のことをきちんと見たら、お姉様だって自分の口にしている言葉が如何におかしいか理解が出来るはずなのだ。
少なくとも真っ当な神経をしていれば、上手くいっている夫婦に対して言いがかりをつけたり、その感情を決めつけたりする行為はすべきではないと分かるはず。
だから私はお姉様の目をまっすぐに見て告げた。
これまでの……嫁ぐ前の私は、お姉様の目をまっすぐに見ることさえも出来ていなかった。
おどおどしてお姉様の言葉に反論しようとさえ思わなくて。だから私はこんな風に自分の意思でお姉様に対して反論をする自身に驚いてしまった。
お姉様の目はみるみる見開かれる。
「何を言っているの? 見ているわよ。あなたなんかに大公夫人としての役割が務まるわけがないのだから、大人しく引き下がりなさい。死なずに済んだことは良かったと思うけれど、その幸運をそのままにしたいのならば彼女にその立場は譲るべきだわ」
――お姉様の目には、何が見えているのだろうか?
お姉様の言葉を聞いて、より一層分からなくなる。お姉様は、私達とは全く違う世界を見ているのかもしれない。
「お姉様って、本当に私に欠片も興味がないのですね。それに私の幸せをあなたは姉として願ってくださっていない。それは別に構わないですし、勝手にそう思い込めばいいとは思います。ただお姉様は周りに迷惑をかけすぎですわ。パーティーに参加している方々からどんな目で見られているか理解していますか? お姉様が言いがかりをなさっているから周りも驚いておりますよ?」
周りが見えていないお姉様に、私は忠告するようにそう言った。
お姉様の声は、周りでこちらを注目している人達にもよく聞こえている。その様子にもっと冷静になってくれればいいと私はそう思った。
お姉様の中では、何かしらの正義があるのだろう。正しいことがあって、そのために動こうとしている。
――それは別に構わないけれども、私やグラナート様、それに子爵令嬢といった多くの人達に迷惑をかけているのはどうかと思った。
このままだとお姉様は貴族社会で孤立はするだろう。こんなことをやらかしてしまっているのだから。
「あなたが、私の言うことを聞かないからでしょう! 私の言うことを聞いてくれれば、話はすぐに終わってこんなに注目されることなどなかったもの。いい? 今すぐに約束なさい、彼女に立場を譲ると。どうせ、あなたはすぐに大公領に帰るつもりでしょう? そうなったらあなたの婚姻期間が延びて、彼女が大公様とくっつくまでの時間が延びるじゃない」
「……お姉様、私の話を聞いてますか? そしてちゃんと見てください。私はグラナート様の妻としてこれから先も生きて行くつもりです。周りが何と言おうとも、グラナート様の妻は私です。それになぜだかお姉様はその子爵令嬢をグラナート様の奥さんにしたいそうですが、彼女の表情も見えてますか? 青ざめておりますよ。こんなところに連れてこられることを望んでおられないかと」
お姉様がちゃんと周りのことを見れる人であったならば、感情を読み取れる人間ならば、すぐさま子爵令嬢の手を放すことだろう。
それなのにお姉様は私の言葉を聞いて、子爵令嬢をチラ見しても、その手を放さない。
青ざめているのを見ても、悪いとは思っていないのかもしれない。
「それはあなたなんかが大公家の妻に納まったままだからでしょう。大公様の妻になれれば彼女は幸せになれること間違いなしだわ。そもそもただでさえ、本来の時期からずれているのだもの、いいからその立場をすぐに返しなさい」
……本当に話しが通じない。今のお姉様って、何だか凄く焦っていて、自分の思う未来が来ないことを嫌がっているのかも。
でも普通に生きていれば、未来が分からないことって当たり前だ。
将来が分からないからこそ不安になって、どうしたらいいか分からなくて悩みながら皆、生きていっている。
……お姉様って、いつから未来のようなものを見えたかとか私は知らないけれどどこまで先まで知っているんだろうか? 全て知っているというわけではないだろう。そうじゃなければこんなにも、想定外のことに遭遇して慌てたりなんてしない。
お姉様が知っているのはきっと、たった一つの未来のどれかなのだろう。だからそこからずれて、焦っていて、ずれることを嫌がっている。
お姉様って、私が思っているよりもずっと脆い人だったのかな。もっとどんな時でも堂々としている人だって勝手に思っていた。
「嫌ですわ。私はグラナート様から嫌だと言われるまで……いいえ、そう言われたとしてもなるべく傍に居られるようにしたいと思ってますから」
愛しているの意味も分からないけれど、グラナート様の傍から離れるのは嫌だった。私はグラナート様の傍に居たい。
そう思って告げた私の言葉に、お姉様は目を見開くと驚きの行動に出た。
机の上に並べられたワインを手に取り、私にかけたのである。




