40
グラナート様に睨まれて、お姉様は一瞬怯んだ。私に対しては威圧的で、いうことを聞くのが当たり前なんていう態度なのにグラナート様に対してはそうではないらしい。
お姉様って、案外ちゃっかりしているのかな。下に見た相手には何を言ってもいいと思っているのはそうなんだろうけれど。
「大公様、妹は社交界に慣れておりませんの。ですから至らない部分も多くて姉として申し訳ありませんわ。先ほどの発言についてご不快に思われているようですけれども……そもそもシアンナのような者が大公夫人などという立場に居ることが間違いなのです」
媚びるようにしながらも、はっきりとそう言い切る。……何だか、グラナート様が機嫌を損ねるようなことを的確に言ってしまってない? 真正面から喧嘩を売っている風にしか見えないけれど、本人はそんなつもりなさそう。
……お姉様って、こんなに短慮的だった? もっと思慮深い方だと思っていたんだけどなぁ。
確かに私が大公夫人になったのって、お姉様や他の家族に言われたからでしかない。嫁ぐようにと言われなければ、私は……グラナート様の妻になることはなかっただろう。それこそお姉様が嫁いでいたかもしれない。
でもそれは結局、たらればの話だ。
現実としては、グラナート様の妻として此処にいるのは私なのだ。それはお姉様や他の貴族令嬢でもない。私が、グラナート様の奥さんなんだ。
「間違い?」
グラナート様は怪訝そうな表情を見せる。
「ええ。そうですとも。本来なら私が嫁ぐはずでした。ただ、諸事情で私ではなく妹が嫁ぎましたの。だからこそ……本来とは違う未来が来てしまっているのですわ」
お姉様はまるで未来が見えているかのような発言をする。そもそも私が大公家に嫁いだのも、実家の決定なのに。
それなのにまるで私が無理強いをして嫁いだみたいに聞こえる言い方をする。
お姉様は私の評判がどれだけ下がったとしてもきっと気にならないんだろう。私が下がっても、自分や家の評判が上がればいいとそう思ってそう。当たり前みたいにそう思っているのも、私個人を家族として大切にはしていない証なんだなとそう感じる。
「本来とは違う?」
「はい。本来なら嫁いだ花嫁ではなく、その後に彼女と出会うの!!」
お姉様はそんなことを言って、腕を掴まれたまま顔を青くしている子爵令嬢を前に押し出す。
意味が分からなさすぎる。……実家に居た頃の私、お姉様の言動を何も疑っていなかった。お姉様の言うことは全て正しいのだとそう思い込んで、受け入れていた。
でも今の私は、お姉様の言うこともやっていることも――全てがおかしいというのを分かっている。
あんなに青ざめている令嬢を前に押し出すことも、妻である私が居る前で他の女性を進めていることも――何もかもがありえない行動だ。
「は?」
「私の妹であるシアンナは特に秀でた点もなく、一緒に居てもつまらないでしょう? 実家に居た頃もそうだったもの。どうして大公様が妹を妻としたままなのかは分かりませんわ。わざわざまるで大切に扱っているような行動をしているのにも何かしらの理由があるのでしょう?」
お姉様は、私がグラナート様に愛されているなんて思いもしない。
お姉様の言っている言葉が全てで、彼女にとっては私は秀でた点もなくつまらなくて、大公を継いだグラナート様に気に入られるわけではないとそう思われているのだろう。
……思わず拳を握ってしまう。
お姉様って、心の底から悪気なんて何もなく私のことをそう言う存在だと思っている。
なんというか、お姉様が私を嫌っているからとかそう言う感情的なものではなくて、ただそう思っているのだと思う。
どれだけ私のことを馬鹿にしているんだろうか。もしかしてお姉様は他の人にもこういった態度をしている? それはそれで何かきっかけがあればすぐに大問題に繋がりそうな気がする。
というかお姉様の言葉を聞いて、押し出された子爵令嬢が青ざめたり、信じられないものを見るかのようにお姉様を見ていて大変そうだ。
「そんなわけないだろう。俺は妻を大切にしている。というか、お前みたいに血の繋がった妹に対して血も涙もない言葉を言う女よりも良い女に決まってる。それとその連れている女は青ざめているから離せ」
「なんですって? 私よりもシアンナが良い女性なんてそんなわけないでしょう? そもそもシアンナと比べてみて、彼女の方が可愛らしいでしょう? 元々、大公様は彼女と結ばれるはずなのですから、シアンナなんかに目移りをするのはいけません」
お姉様の言っている言葉が全く以って理解が出来ない。……お姉様は確かに、未来を見える風な態度はよくしていた。実際にそれが当たったことも多い。そもそも子爵令嬢とグラナート様は初対面だし、グラナート様は怪訝そうな顔をしている。それが分からないのだろうか?
お姉様がどうやって未来を知っているのかは私は知らない。
ただお姉様の頭の中では私が排除されて、グラナート様が子爵令嬢と結ばれるのが真実なのかもしれない。
「ねぇ、お姉様。私とグラナート様をちゃんと見てくださいません?」
私はお姉様に向かって、そう告げた。




