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パーティー会場へと足を踏み入れると一斉に視線が向けられた。グラナート様が居るから、特に恐怖心はない。
知り合いと、目が合った。
目をそらされたり、驚かれたりして面白いな。
嫁いでから一度も手紙のやりとりなどしていなかった。向こうからお祝いも届かなかった。多分……お姉様から、私が愛されるはずがないとそう言われていたからかもしれない。
実際に嫁ぐ前の私は、そういう態度をされ続けていた。私は周りの貴族令嬢や子息たちにとってもどんなに冷たくしてもいい存在だったから。
それが反転しているのだと思うと何だか不思議な感覚だ。
私は嫁ぐ前は、誰かと目が合った時に恐れてばかりだった。目をそらして、彼らがどんな表情をしているかなんて気に掛けることは一度もなかった。
――ああ、彼らは今、私に対して恐れを抱いている。
大公夫人になった私が、何か報復でもしないかと不安がっているのかもしれない。そんなことはしないのにな。
そもそも私は彼等の態度を全て受け入れていたのだ。嫌だったら私が反抗すればよかっただけの話。それに彼らは私のことを蔑ろにはしていたけれども、それだけなのだ。
「皆がシアンナのことを見ているな」
「そうですね。以前と私の様子が全く違うので、それが気になっているようですね」
「そんなに違うのか」
「ええ。今のように目立つ場所に行こうなんてしなかったですもの。壁の花になっていて、誰も私のことなんて気にしなくて……私にとっての社交界はそれが当たり前だった。でも今は違いますけれどね」
「……もっと早くに俺がお前と出会えていたらそんな思いさせなかったのに」
「それは言っても仕方がないことですわ。でもそうですね、そういった社交界での寂しい思い出もあるからこそ今の私が居るんですよ?」
何もなかったら、きっと今の私にはならないから。きっとグラナート様だってこれまで積み重ねてきた過去がなければ、今のグラナート様にはならない。
グラナート様は私にもっと早く出会えていればよかったなんていうけれど、そうしたらグラナート様の愛する私は別人のように過ごしていたかもしれない。
「それもそうか。シアンナ……、これから先はもう二度とそんな思いはさせないから」
「ふふっ、ありがとうございます」
私にとって嫁ぐ前の暮らしが当たり前だった。だから、グラナート様が思っているほど辛い思いはしていない。
ただ確かに今の暮らしに慣れていると、昔と同じように蔑ろにされるようになったら……私は不満を抱えてしまうだろうけれど。
だってそうなるってことは、グラナート様の妻の座を退いたってことだもの。グラナート様が居なかったら今よりもずっと私は楽しくないのだろうなとそうも思った。
どうなんだろう。
私はやっぱり愛は分からない。でもグラナート様が傍に居ないのは凄く寂しいとおもう。グラナート様が居なかったら、今の私の前向きな気持ちってまた無くなってしまうだろうか。
自分で自分のことが分からない。
「グラナート様、今日は沢山の人たちと会話を交わすことにはなると思うのですが、なるべく傍に居てくださると有難いです。王都に居る方々は、私達に悪意を持った方もいると思うので……流石にそんな方々と一人で話すのは怖いです」
情けないなとは思う。だけれどもそれは紛れもない本心だった。
グラナート様と一緒だから、私は大丈夫だと思える。そして以前よりもずっと堂々とした態度が出来る。
でもそれは……グラナート様が居てくださっているからなのだから。
だからグラナート様に傍に居て欲しいなんて、甘え過ぎているかしら。例えば物理的に距離が離れていても、その姿を目に留めているだけでも私は勇気が出る。おそらく対応は出来る。それでも私は、グラナート様が隣に居てくれた方が嬉しかった。
「当たり前だろう」
甘やかされると、嬉しい。それでいてこうしてグラナート様が私の言葉に頷いてくれるのが当たり前になってしまっている。
「ありがとうございます。グラナート様が傍に居てくださると私はそれだけでもどうしようもなく嬉しくて仕方がないんです」
素直にそう口にすると、グラナート様は私の耳元に顔を寄せて囁く。
「あまり可愛い事ばかり言っていると、キスしたくなるから少し抑えてもらうと助かる」
そんな風に言われて笑ってしまった。
人前で口づけをされるなんて考えただけで恥ずかしい。でもそれよりもグラナート様がしたいのならば、恥ずかしくてもやってもらっていいかななんて思ったりもした。
私ってこんなにも大胆だったかしら。
グラナート様と一緒に過ごしていると今まで知らなかった自分に沢山出会えるような気がした。
「グラナート様……」
私はグラナート様に言葉を返そうとした。だけどその言葉は、一つの大きな声に遮られた。
「シアンナ!!」
それは、お姉様の私を呼ぶ声だった。




