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「ふぅ……王都に到着しましたね」
馬車を何日も乗って、王都へとたどり着いた。王都にやってきたのは久しぶりだ。嫁ぐ前の人生よりも、嫁いだ後の時間の方がずっと短いにも関わらずすっかり私にとっては王都での暮らしよりもすっかり私の日常になっていた。
だからなんだろう、用事を終わらせたら早く帰りたいななどと思う。きっと王都での社交界は、大公領での日々よりもずっと……大変だろうから。私に対する悪意なども、きっと多いとは思う。少なくともこれまでの私を知っている人達は私のことを侮っているから。
「そうだな。緊張するか?」
「……少し。私、大公領にやってきてから社交界が好きにはなりました。でもその前はそうじゃなかったから」
大公家の夫人として、王都で社交界に出る。そんなことを私は考えたこともなかった。お姉様にすぐに死ぬだろうって言われていた。それに嫁いだところで私が大公夫人として認められるなんて考えてもいなかった。
だから何だか凄く夢見心地な気分だ。
私達が今いるのは、大公家が所有している王都の別邸だ。何だか別邸も、私の住んでいた伯爵家の屋敷よりも豪華に見える。
この別邸の管理をしている使用人達も出来た人達ばかりだ。私に対して嫌な顔一つ見せない。私のことを侮ったりはしなくて、受け入れてくれている。その環境がとても私にとっては心地よい。
何よりグラナート様が私の隣に居てくれる。
緊張や不安はなくはない。それでもグラナート様と話していると、徐々に安堵の気持ちでいっぱいになった。
「何も心配する必要はない。お前を傷つける存在は、俺がどうにかする」
「グラナート様って本当に凄いですわね。その言葉を聞いているだけで大丈夫だなと思えます。あの……お姉様や私の実家周りのことは調べられていますか?」
私はグラナート様の目を見て、そう告げる。
「調べては居る。俺達に接触してこようとはしているようだ。なんでシアンナが生きているんだと疑問を口にしているようだ」
「お姉様って、本当になんていうか私の死を望んでいらっしゃるのね……」
例えばもしお姉様からしたら私が死ぬべきものと思っていたとしても、妹が死んでおらず生きていることは普通ならば喜ばしいことなんじゃないだろうか。
それなのにお姉様にとっては……私が死んでいることの方が、都合がいいのだろうか。私が生きていることが疑問で、なぜなのか知りたいらしいけれどどうするつもりなんだろうか。
……私が生きていたら何か都合が悪いのだろうか。もしかしたらお姉様の見ている何かを叶えるために――私を排除しようという考え方を抱くこともあったりするのかな。
そう考えるとぞっとした。
……不思議だ。嫁ぐ前の私にとって、お姉様の言葉は絶対的なものだった。
お姉様に死ぬ運命と言われても受け入れていた。それなのに今の私は死にたくないなと思っている。
殺されてしまうかもしれないと言われても気にしなかった。
それなのに今の私は……お姉様の言うことをそのまま受け入れられなくなっている。
「グラナート様、私は死にたくないです」
「当たり前だろう。姉に言われたからと言って死を望んだら俺も怒るぞ」
「ふふっ、グラナート様が私に怒るのって想像出来ませんね」
グラナート様が私に怒るとしたら、きっと私のための行動だろうと分かっている。だからきっと怒られても怖いとはきっと思わないんだろうな。
だってグラナート様だもん。
こんな風に凄く前向きな感情を自分自身が抱いていることが凄く変な感覚。
「そうか。それにしてもお前の姉は王都ではそこそこの知名度しかないのに、好き勝手やるつもりのようだ」
「え、そうなんですか?」
お姉様は王族と関係を持っているとか、そう言うレベルではない。ただし伯爵領周辺の領地の貴族達とは凄く仲良しだし、王都でもそれなりに影響力はある。だけどグラナート様の言う通り王国全体ではどうかというと、当然のことながら一番ではない。王族や大貴族の方がずっと社交界の中心にいる。
その状況で好き勝手に動くと流石のお姉様でも問題だと思うのだけど……、何か起こしても問題がないだけの後ろ盾でも持っているのだろうか? ただそんな繋がりがあるのだったら、もっと行動的になると思うのよね。
お姉様だって王都で何か起こして、権力者に目をつけられたら大変だと分かると思う。それなのにこうやって周りから見て分かるぐらいに何かを起こそうとしているのはなぜだろう。
もしかして何か焦っている?
「お姉様は昔から、凄い人だった。何だか全てを見通すような、自信満々な人で……。だから私はお姉様の言葉は絶対なんだってそうずっと思ってました。でもなんというか、今はお姉様が良く分かりません」
今のお姉様の状況を考えると、お姉様の言葉が絶対だというのは違うんだろうなというのは分かる。
「そうだな。俺にもよく分からない。何かしてくるなら、対処するだけだ」
「はい。私もグラナート様に負担をかけすぎないように、対処を頑張ります」
私がそう言ったら、グラナート様は頷いてくれた。




