戻る処。紡ぐ。
「何やってんですか、二人して黄昏て」
どことなくしんみりとした空気に茶々を入れたのは蒼ちゃんだった。掃除は終了したらしい。オブラートに包まない蒼ちゃんの言葉に、僕と緑は顔を見合わせて苦笑いする。内心の安堵は、どうやら悟られていないようだった。
来てくれた、二人とも。後は明音さんだけなのだけど。僕には、ただ甘い考えに縋る道しか残されていない。なんと、無力な。全て自身が呼び込んだ事態であるが故に、余計に。
「や、蒼ちゃん。昨日はゴメンね、ちょっと動転してて」
「分かってますよ。あとちょっとしか無いんですから、頼みますよ、色々と」
「そうだね」
頷いて、ふと思い出して尋ねる。
「そういえば蒼ちゃんって、何処の国に行くの?」
「言ってませんでしたっけ」
「聞いてないね」
「イギリスですよ」
「おやまぁ、あんまり蟻さん方に迷惑かけるんじゃないよ」
「キリギリスじゃないです。そのネタ結構きついですよ先輩」
手厳しい評価を下される。分かってますよーだ。最近どうにも頭の回転が遅いんだよね。冴えないなぁ。
「才無いなぁ」
「うるさい!」
なんてことを言うんだ緑。しかも今の僕よりは確実に上手い事言っていた。性質が悪い。
「性格が悪いんですよ」
「字面で来たか。じゃなくて、さっきから君はなんてこと言うんだ。絶対僕の事嫌いだろう」
「大っ嫌いですね」
「あれ!? お約束のパターンはいずこ!?」
「嘘です嘘です、実は好きです」
「そんな取って付けたように取り繕われてもなぁ!」
「取り繕うんだから取って付けるに決まってるじゃないですか」
「突っ込みが欲しいんじゃない! 欲しいのは誠意ある謝罪だ!」
「理由がないね、横暴だ。弁護士を呼べ」
「なんで急にふてぶてしいんだよ! しかもため口! こっちこそ弁護士を呼べ!」
「うるさいですよ先輩。緑なんか相手にしてたら日が暮れますって」
「そうだよ顕正くん。あたしの相手してたら年が暮れるよ」
「どれだけ話し続けるつもりだ!?」
まだひと月はあるんですけど。しかし赤坂姉妹、上手い具合に連携を取ってくる。姉妹ゆえの強みか、これが。……何を言ってるんだろうか僕は。
「全く、研究部の面々はやっぱ何処かおかしいと思うよ」
「何言ってんですか、先輩。代表格のくせに」
「そうそう。それにさっ」
「「だから、楽しいんですよ」」
ご尤も。そんなこと、言われなくたって分かってるよ。何せ研究部を立ち上げたのはこの僕だからね。
「ポメラニアンが良いなぁ」
「犬じゃねぇよ。それに、だったら僕は柴がいい」
「ダックスフンドが可愛いと思います」
「どうでもいい! そもそも犬じゃないんだって!」
「顕正くんも乗った癖に」
「うるさい!」
「あ、顕正くんダックスだね」
「もうちょっと分かりやすく日本語を扱っていただけませんでしょうか緑様」
「うん、だから、ダックス憤怒」
「くっだらねぇ!」
駄洒落だった。この僕ですらかくやと言うレベルだった。末恐ろしい子だ、緑。僕の後継ぎになれるんじゃなかろうか。……自虐は止そう。
窓の外を眺めると、ちょうどいい具合に赤く焼けた空が目に入った。今日の活動は、このくらいかな。例によって雑談しかしていないわけだが。
「え? もう帰るの顕正くん」
「うん、日の入りも早くなってきたしね。それに、用事もあるし」
「そっか。じゃあ、また明日ね、顕正くん」
念を込めるような推しの強い声色に、僕の背が少し伸びた。勘づいているかもしれないと思ったのは僕だ。今更、驚く事じゃない。それに、解ってない可能性もあるにはあるしね。悲観も、今は止しておこう。
「それじゃ、またね、二人とも」
教室を出て、後ろ手でドアを閉めた。
*
用事。有体に言えば、いや、有体にというか、事実を伝えるほか無いのだけど、行き先と言うのは、つまり校長から使用許可の出ている別荘の事であった。暇なときにそれなりの頻度で利用しているので、たまに片付けの日を作らないと散らかっていく一方なのだ。綺麗好きな僕としてはその状況は看過しがたいものなのである。戯言だ。
と、別荘の二階の窓から明かりがもれている事に気付いた。合鍵を持っているのは研究部面々と校長本人のみで、自然、先ほど部室に居た面子がここにいることは有り得ないので選択肢は絞られる。美稲か、校長か。明音さんか。
明音さんだと良いな、なんて、柄にもなく希望的観測をしてみたり。
果たして、僅かに隙間の開いたままのドアの向こう、白のシーツを敷いたベッドに寝転んでいるのは、紛れも無く、明音さんその人だった。
気配に気づいたのか、足跡が聞こえていたのか、はたまた最初から僕の来訪を予期していたのか、明音さんは壁に正面を向けたまま、振り返りもせずに平坦な声で言った。
「顕正、死んで詫びなさい」
「御挨拶だなぁ」
ほんと、御挨拶だよ。
事実、挨拶だった。
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