収束。敬愛。
私は此処が大好きだから。私はここを手放さなければなりません。願わくば、たった一縷の、敬愛を。
抱くことさえ、赦されれば。
*
愛に許すも何も無いのよ。明音さんは、やはり壁に向かって呟くように言った。こちらを向く気は、頑としてないらしい。何とか赦しを乞わねば。
「ねぇ、明音さん」
「死んで詫びなさい。そうすれば許すわ」
「……」
先刻から何度続いたか知れないやり取りをまた繰り返す。彼女の怒りは尤もで、彼女の言い分も尤もだった。怒り心頭、この一言に尽きる。が故に、ただ、堂々巡り。
さて、どうしたものかな。
呼びかけるのは無駄と見て間違いなさそうだ。どうせまた「死んで詫びなさい」云々のセリフ吐かれるのが落ちだろう。と、なると直接的な行動しか残されていない。まさか懐に刃物なんて隠して無いだろうな……。過剰な心配とは、この人を相手にした場合でのみ言えまい。この人はだって、三笠 明音さんである。過剰を二乗したくらいの心配で丁度いい。そっと一歩、右足から踏み出す。ぴくんと、明音さんの肩が動いた気がした。気付かないわけは無いだろう、そもそもこの距離なんだから。一歩一歩、ゆっくりと歩を進める。手を伸ばせば届く距離。そこまで行って、僕はベッドの傍らに腰を下ろした。また、明音さんの肩が跳ねる。そっと覗きこむと、壁を向いた彼女は眼をきゅっと瞑っていた。震えているのだろうか。何故かと考えて、思い当たる。
怖いのかもしれない。僕に触れられれば許してしまう、触れられなければ、それは拒絶と同義になってしまう。赦したくないのに、許さないのもつらい。葛藤、か。明音さんでも、迷う事があるんだ。
でも、僕は赦してもらわなくちゃいけないんだ。
そっと手を伸ばして、柔らかな彼女の髪を撫でる。さっきまでより一層強く明音さんの肩が揺れて、構わず撫で続けると、震えは徐々に収まっていった。強く閉じていた目を開けて、ぼうっとした表情で壁を見遣っている。焦点は合ってないようだったから、別に何を見ているわけでもないのだろう。
ぼそりと、呟きが漏れた。
「一度死ねばいいのよ」
険は微塵も含まれておらず、これが自戒の意味も含めての罵倒だと言う事が知れる。赦してもらえた、と、もらえてしまったと。どちらで認識すべきなのだろうか、僕は。
「顕正」
「何?」
先の不穏な呟きと同程度の声量で、明音さんが呼びかけてきた。声量は小さいが、芯は、通っている。本気の声で間違いなかった。
「一つだけ、約束しなさい」
「僕はうそつきだよ」
「約束しなさい」
「……分かった」
うそつきである前提を持ってしても、それでも、約束。そうまで言うのなら、僕に拒否する理由は無い。
「私の事、嫌わないで」
「え」
思わず、間の抜けた声が漏れた。何を言い出すんだよ、明音さん。約束するまでも無い、そんなことを、なんで今更。
「あたり前だよ、そんなの」
「そう、ならいいわ。ありがと」
ふん、と最後に鼻で笑って、明音さんはようやっと身体を起こした。一瞥もくれず僕の横を抜け、部屋を出る。
「明日から、また部室に行くわ」
「うん、待ってるよ」
何はともあれ。何処か釈然としないながらも、研究部は保たれたようだった。願って止まなかった現実は、すぐ目の前にある。幸福、何だろうな、僕は。
ちょっとした合宿てきイベントに行って参りましての空白期間でした。
短いですが。笑いも無いですが、今回は。
それでは、感想評価等頂けると幸いです。




