完成。余暇、わずかに。
*幕裏
完全に閉め切られた正門を乗り越え、鍵のかかった昇降口の扉を、見事としか形容しようのないピッキング技術で開く。ここまでで既に不法侵入の罪を犯しているような気がしないでもないけど、今はそんなことに構っちゃいられない。犯罪云々を今更言い始めたら、僕なんか何度捕まってることか。検挙されたら一生独房から出られないだろう自信がありありと有った。ありありあり。群れて群れて、独房にすら巣を作り上げるのだろうか。作るな、きっと僕なら。
侵入して向かう先は、勿論の事研究部室、実験室だった。こちらの鍵はとっくの昔に合鍵を作っているので(ぶっちゃけこれも犯罪だけど)正攻法で解錠し、中へ。いつも通りの席について、僕は早速右腕の腕時計を外した。ドライバーを駆使して解体する。部品の一つ一つまで完全にバラして、ようやく一度息をついた。ふと思い立って時計を確認してみる。八時強。うん、全然余裕だ。
勝手に僕専用にしてある引き出しから工具を取り出して、改造するのは、そう、我が目標の最終形、世界崩壊の発明である。二十余年の歳月、ようやくここに凝縮する時が来た。決め手は、蒼ちゃんとの会話。
摂理も何も捻じ曲げて、非現実や理不尽すら味方につけて改造を続ける。問題だったエネルギーの充填機関を改善し、これでようやく、準備は整った。時計の形を戻し、腕にはめ、そして、螺子の隣のスイッチを、入れる。
世界崩壊まで、あと残り三カ月。奇しくも、蒼ちゃんが留学すると言う冬休みの事だった。
*
「ふわ……」
思い切り伸びをして、ついでに欠伸も出た。実験室の窓から一番近い木に巣を作っている鶯が鳴く。朝だな、と思うと同時に、結局昨夜家に帰らなかった事に気付いた。腹が減ってる、なんてこと。無断外泊で母にとっちめられる、なんてこと。
取りあえず、全部考えないで空腹を満たすことにした。幸いにして時刻は九時半。完全寝坊の完全遅刻だが、学食か購買が開いてりゃ今の僕にはそれでいい。手首に巻いてある腕時計にちらりと目をやって、それから僕は実験室を出た。購買でパンで決まりかな。
一階昇降口近く、購買にて。今現在は紛れも無く一時間目の授業中で、一般生徒は教室にいるはずで、僕はつまりサボりで、だから購買に居てもおばちゃんに苦笑いされるだけなのだが、いやしかし果たして。
「なんでいるんだよ、美稲」
「お腹空いたから」
この僕に勝るとも劣らない、どころか圧倒的に勝る自由人だった。足元にも及ばないのではなくて、元々住む世界が違うのかもしれない。違うのだろう。だって美稲だし。
「顕正、昨日帰らなかったの?」
「あれ、わかる?」
「だって顕正のことだもん」
「全部それ言ったら通じると思ってるだろ」
「顕正のことは全部わかるのよ」
「きゃー、すとーかーよー」
「……」
「待て待て待て、冗談だから当て身で黙らせようとしているその右手をおろすんだ。てか君も大概バイオレンスだよなぁっ!」
僕の周りはやっぱりこんなのばっかりだ。
「おばちゃん、カレーパン。みっつ」
こんなのばっかりだ、本当に。朝からみっつ云々の突っ込みも勿論のことしたいのだけど、それは美稲のこと、今更感が否めない。でもだ、何も同じのみっつ食わなくたっていいじゃないか。しかもそんな腹にたまるもの……。
「お腹空いてるから」
「にしてもその量はどうだろうね」
「太るよ」
「そのセリフは僕のだよね、普通」
「私に普通なんて言葉は通用しないわ」
「身にしみる言葉だよ全く」
「通常も、一般も駄目ね」
「そうだろうね」
「須らく嘘だけど」
「無駄に行数稼ぐんじゃねぇよ!」
なんて無駄な。エコロジー精神は無いのか、君には。
「顕正、エコロジーは生態系とか、そういった意味があるのであって、けして環境に良いとか、そんな意味は無いのよ」
「へぇ、そうなのか。じゃ、なんて言うんだ?」
「さぁ」
「気持ち悪いなぁ!」
「酷い、顕正」
「そういう意味じゃねぇよ!」
僕の突っ込みを無視して、美稲は支払いを済ませたカレーパンを抱きかかえて購買を出て行ってしまった。後を追う。
「どこ行くんだ?」
「部室。鍵開けて」
「はいはい」
結局舞い戻ることになるみたいだった。僕の居場所は、あそこなんだな、うん。
さっき閉めたばかりの鍵をもう一度開けて、今度は二人で実験室に立ち入る。珍しく美稲は準備室に行かず、僕の定位置の隣、普段は蒼ちゃんか緑が使う席に着いた。早速プラスチック製の袋の封を開け、下から押し出すようにしてカレーパンを出す。量食うくせに小さな口で、美稲はそれにかぶりついた。見てると余計にお腹が減るので、僕も買ってきたサンドイッチを取り出して頬張る事にする。しばらく無言で食べ続けて、美稲がたっぷり時間をかけて最後のカレーパンを食べ終わると同時、口を開いた。
「ねぇ、顕正」
「カレーくさいな」
「女の子に臭いとか言っちゃだめ」
「わかった! わかったから謝るから僕の眼にシャーペンの先端を向けるのはやめてくれ! ほんとに!」
「先端だなんて、いやらしい」
「そのいやらしさは僕にはわからねぇよ!」
「勘違いしないで。私もわからない」
「どうでもいい!」
応酬が途切れる。少し落ち着いてから、美稲は改めて息を継ぎ直した。
「ねぇ、顕正」
「なんだよ」
「おわるの?」
「おわるよ」
短い、たった二言の会話。どうしたって、僕らの間にはこれだけで十二分だった。美稲は僕に多くを尋ねない。僕の全てを、無条件で肯定すると公言しているから、そして従順に、自分の意思に従っているから。深く聞かないし、きっと、聞かなくても解ってる。美稲は、きっと全部解ってる。
「わかった」
「うん」
「教室、戻る」
「授業中だよ」
「だって抜け出してきたから」
「ほんっとに自由人だなお前」
そうして、崩壊の目処は立った。もうじき、僕の生涯の目標は達成される。全部終わる。全部終わらせる。そして多分、研究部は、その時。
その時、彼女たちは一体どうするのだろう。
終結が見えてきました。と、こんな感じに終わりを予感させるくせに、崩壊はまたも遠ざかります。日常描写は大事です、うん。楽しいです、うん。
それでは、感想評価等頂けると幸いです。




