後夜。こころ、おきざり。
もう何度目かの、赤坂家に向かう道筋をたどりながら、僕は隣を歩く蒼ちゃんを見た。
思えば、蒼ちゃんと二人きりでこの道を歩くのは初めてな気がする。デートの際に緑とは歩いたけど、蒼ちゃんと二人で行動することすら、思ってみれば珍しい。
いや、どちらかが弱っている時は、大抵僕たちは一緒にいるな。お互い傷をなめ合うかのように、じゃない。お互い、傷の深さを確かめあって、埋め合うために。
大体の場合、弱っているのは僕の方なのだけど、今日はこれまた珍しく、蒼ちゃんの方がうつむいていて。でも、見本なら何度も見せてもらっている。僕なら、蒼ちゃんを元気づけられるはずだ。
「なぁ、蒼ちゃん」
「……」
「退部届、受け取らないからな」
「ですがっ、……」
「逃げるんじゃ無いよ。そうだろ?」
「……」
蒼ちゃんが完全に足を止め、僕もそれに付き合って立ち止まる。一度は乾いた涙が、もう一度両目に溢れかえっていた。駄目だ、負けるな。哀しさなんて、拭いされるんだから。
こういう時、今まで彼女は、どうやって僕を助けてくれていただろう。思い出す。そうだ、二度、頬をぶたれた覚えがある。鮮烈な一発は、毎度、僕の眼を一撃で醒ませてくれた。ならそれを真似すればいいのか。無理だろう。どうして僕が蒼ちゃんの頬を張れるんだよ。出来るわけがない。なら、どうやって彼女の哀しみを支えようか。簡単な話だった。さっきもやった。今でもやれる。いつでもやれる。
「っ」
息をのむ蒼ちゃんを、抱きしめる。殴れるわけなんて無いから、僕は、こうする。けして体格も良い方じゃない僕からしても華奢で細い、小さな身体。あまり力を込めたら折れそうに思えて、でも、軽く抱きとめるだけじゃすり抜けてしまいそうで、結局力を込めて、肩を抱く。
「先輩、苦しっ」
「うっさい」
「……」
人声返すと、それきり蒼ちゃんは黙って、顔を僕の胸にうずめてきた。しっかり頭を抱えるようにして、彼女が落ち着くのを待つ。
しばらくそのままの姿勢でいて、辺りもすっかり街灯のみを頼りにし始めた頃、ようやく蒼ちゃんは口を開いた。
「親しい人と離れるっていうのが、嫌いなんです」
「……うん」
「お父さんが、離婚して、いなくて」
「うん」
「姉妹とお母さんだけで、生きてきて」
「うん」
「寂しくないわけなんて、無いんです。緑だって、他の家族だってそう」
「だろうね」
「だから、私は、親しい人を、会えなくてつらい人を、私がいなくてつらいと思ってくれる人を、これ以上増やしたくなかったんです」
「……そうなんだ」
「はい。……先輩」
「ん?」
ぐいっと、胸を押し返されて、蒼ちゃんが僕の腕から逃れる。ふいと向こうを向いてまた歩きだして、歩きだしながら、蒼ちゃんはこっちを見ずに言った。
「もう遅いみたいですから」
「え?」
「先輩に会えなくなったら、多分私、泣きますから」
「……えーと」
蒼ちゃんがまくしたてて、僕はそれを遮れない。何が言いたいのかなんて、今更分からない僕じゃない。
「申し訳ないですけど、その時は、一緒に、また、慰めてくれますよね」
困った風な笑顔で、一言。ズルイ人だなと思った。断られる可能性なんて無いと、解ってる顔だ。断るはずなんて無いと、僕がそう心に決めていることを知っている顔だ。出来レース。
「あたり前だよ、蒼ちゃん」
「はい、ですから、私は先輩の事――――」
「僕も、君と離れると寂しいからね」
「……嬉しいですけど、先輩」
「わざとだよ」
してやったり。僕はひひっと笑って、
「好きだよ、蒼ちゃん」
「どうせ一番、じゃ無いんでしょう?」
「一番だよ、一番が何人いるかを置いとくなら」
「でしょうね」
吐き捨てる風に言って、蒼ちゃんは歩幅を広めた。難なく追いついて、またその隣に並ぶ。いずれ消える温もりでも、今あるなら、それを大事にしない道理は無い。蒼ちゃんも、緑も、明音さんも、美稲も、いつまでも隣にいられるわけじゃないから。限度は、限りなくあるから。だからこそ今が楽しいんだろうなと一人ごちて、僕は。
解ったのだ。この時、全部が。何もかも、全部が。
蒼ちゃんを送り届けて、僕の向かう先は学校。
蒼ちゃんフラグの回。何かしら動く予感も添えて、今回はここで筆を置かせていただきます。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。




