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文化祭。残り香、遠く。

復活祭二日目も、研究部の成果は目覚ましいものだった。驚異の午前中完売を成し遂げ、その後は全部員で校内を練り歩いた。気付いたら皆が皆それぞれはぐれていたのは、なんというか、僕たちらしくて結構じゃないか。結束力が無いわけじゃないよ、絶対。


後夜祭閉会のオルゴールが鳴って、校内に残る生徒は大まかな片付けのある生徒だけになっていた。僕ら研究部は即興で建てたプレハブを元のガラクタに戻すだけなので、というかそもそもその作業も全て機械に任せるので、この日の片づけは何一つない。

売り上げを数え、復活祭実行委員本部に明細を届けて、それで部長としての僕の役割は終わっていた。

日はとうに沈み、薄暗い色に包まれて、誰も残っていない校庭を眺める。明日片すらしいテント等は骨組みを折っただけで放置してあり、今の校庭で一番視点の高い場所は、僕の座る朝礼台だった。

背中に人の気配を感じて、僕は振り返る。時間も時間だし、教師が注意でもしにきたのかと思って姿を確かめると、意外、その人物は蒼ちゃんで間違いなかった。

真面目な彼女が用も無く学校に残ってるなんて、珍しい。

「どうしたの、蒼ちゃん」

「残ってたんですね、先輩」

問いには答えず蒼ちゃんはつぶやくと、僕の隣に腰掛けに来た。そんな気がしたんです、と、なんだか予見者じみた言葉を漏らす。君まで変人になったら、あの研究部の良心はどこにいくんだ。

「女の勘ですよ、ただの」

「それならまぁ、信じなきゃいけないね」

その類の勘は、なぜだか往々にして的中するみたいだから。僕はこの身で体感した事象を、この目で見た物を、否定しない。それが世界のあるべき形だし、そこを受け入れてこそ、果ての崩壊に臨めるというものだから。

「何やってるんですか、先輩は」

「黄昏てるんだよ」

「似合いませんよ」

「うるさいよ」

わかってるっつーの。毒づいて、それ以降は黙る。賑やかな研究部だけど、唯一、僕と蒼ちゃんは二人きりになるとそうそう応酬を交わしたりはしなかった。その沈黙は、でも、どこか心地よくて。上々だね。親友の口癖をパクる。

「緑はどうしたの」

「朝からあの客足でしたから、眠そうで、先帰りました」

「蒼ちゃんはどうして」

「それは……」

言葉に詰まって、蒼ちゃんは少しうつむく。

「先輩が、残ってるきがしたからです……」

「ふぅん」

「なんですか、その反応」

「いや、嬉しいなぁって」

「……」

もう一度、静寂。今度の沈黙は、蒼ちゃんの方からは若干の照れが感じられた。全く、恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのに。

「あの、先輩」

「何」

「どうして、終わっちゃうんでしょうかね」

呟くように言う蒼ちゃん。文化祭の事だろうと思ったが、でも、どこか違う意味も含まれているような気もした。

どうして終わるのか。僕に、その答えは出せない。簡単に「時間が経つから」終わりが来ると言っても良いのだけど、彼女の疑問の真意は、そこには無いだろう。少し、深慮してみる。終わっちゃう、終わってしまう。始まるから、終わる。終わるために、始まる。人は死ぬ、永遠は無い。

永遠は、無いのだろうか。

「ありませんよ、そんなの」

拗ねた子どもみたいに、蒼ちゃんが吐き捨てた。その声が、とても悲しそうに聞こえて。この世の終わりみたいに聞こえて。

「蒼ちゃんっ」

「……なんですか」

「怒るよ」

「っ」

いつも弱った僕を矯正するのは君だろう、その君がそんなでどうする。君は、君の立場なら、もう心的にでも、ポジティブに、それこそ、緑みたいに生きていなきゃいけないのに。分かっているだろうに。

「ごめん、なさい。先輩」

「……人間だし、ね」

分かったような口を聞いて、すぐに自嘲に駆られて笑う。分かって無かったのは僕だったのに、今はそれを教えてくれた彼女に説教を垂れている。酷くシュールな光景だった。僕も、彼女も、弱い。等しく弱い。

「先輩」

「うん?」

「先輩」

「何さ」

「……先輩」

「なんだい、後輩」

「あの、ですね」

「うん」

なんだかつっかえつっかえ喋る蒼ちゃんを訝しく思いながらも、僕は反応を返す。どうしたんだろう、今日の彼女は、どこかおかしい。何か、決意でも秘めたかのような。

「私、冬休みから留年するんですよ」

「すこぶる成績が悪いんだね、異例の判断だ」

「違った、留学するんですよ」

「……」

わざとらしいボケを挟んで、なんでもないように蒼ちゃんは言った。留学。外国に、学びに行く。この時期に、この重さでそれを言うのは、つまり、僕の在学中には戻らないと、そういうことなんだろう。

だから、早いうちに、決別を。

「そっか」

「はい、それで」

「研究部を、止める、と」

「……はい」

予測は、簡単にできた。未練は早めに断ち切りたいのだろう。緑から聞かされている話だと、蒼ちゃんはクラスメイトと、必要以上に距離を縮めようとしていなかったらしい。親友をつくって、笑顔で分かれるほど彼女は強くないのだ。それは、僕に対しても同じなのだろう。

「研究部を、退部させてください」

「なぁ、蒼ちゃん」

「……何ですか」

急に気楽になった僕のセリフに、蒼ちゃんが身を固くする。責められるとでも思っているのか、簡単に切り捨てられると思っているのか。どっちでもいい、どっちでもないから。


「僕は君を手放すつもりはないよ」


「――――え?」

え、じゃない。

「もう一度言おうか。僕は、君を手放す気はない。君がどう考えてるのかなんて関係ないよ、僕は、君の身勝手な意思を受け入れて君の前から立ち去る気は無い」

「でもっ」

「これは僕の身勝手だ」

「……っ」

蒼ちゃんが顔をぐしゃぐしゃに歪めるのが分かった。今にも泣きそうな、そして実際、もう泣いていた。

「なん、ですか、それ。私が、一体どれだけ、覚悟し、て、それで、」

「関係無ぇっつってんだよ、そんなの」

「ぅく、……ひぐっ」

嗚咽が漏れる。聞いてないふりを、通そうとして通しきれなくて、僕は蒼ちゃんの身体を抱き寄せた。同じ強さと弱さを持った彼女だからこそ、その様子は見てられない。弱弱しく上下するその肩を、押さえるように抱きしめて、僕は無言で、蒼ちゃんが落ち着くのを待った。

駄目に決まってるだろう、そんなの。悲しみたくないから逃げるだなんて。だったら、思いっきり泣いてくれた方が、まだましだ。


泣きつかれたのか穏やかに寝息を立て始めた蒼ちゃんが目覚めるまで、僕は、見えない夜の校庭の先を見据えようとして、自分の小ささを、また一つ、知った。秋の夜は、肌寒い。

文化祭終了です。脈絡無いのはいつも通り。祭りのあとの静けさは、いつの時代も物悲しい。別れのそれと、どこか似通っている気がするのは自分だけでしょうか。


それでは、感想評価等いただければ幸いです。

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