文化祭。過ぎる日。
文化祭の一日目は、瞬く間に過ぎて行くようだった。部室棟を回って、適当に山神と駄弁って、気付けば、夕刻。大きく傾いだ太陽は、時期に沈むだろう。秋の太陽は、いつだって寝不足であるかのように早寝する。だんだんと寝坊も多くなるし、全く、大宇宙の母たるお日様がこのざまじゃあ、息子たる地球に申し訳が立たないとは思わないのかね。
「おう、萩野」
「うん?」
終始楽しげに歩っていた山神が、物静かな口調で切り出した。殺し屋の雰囲気というやつなのだろうか、声を顰めた時の彼は、酷く鋭利に、研ぎ澄まされて見える。無視するには、その存在感は異様過ぎた。
「なんだよ」
「上々、だよなぁ」
「上々だろ」
「だよなぁ」ともう一度呟いて、山神は沈みつつある太陽を、真正面から見詰めた。コイツの眼は、強大過ぎる陽の光にすら、怖気づかない。強いのだ、根本的に。精神面も、肉体面も、僕らとは一線を画して。とある場合を除けば、だが。情にもろいのも、我が親友の良いところであると、僕は信じている。
「当分表舞台から姿を消すぜ、俺は」
「……でっかい依頼でも入ってんのか?」
「まぁ、そんなとこだな。まぁたこの俺が暗躍しなきゃならねぇみたいなんだ。全く、確かに俺ぁ業界トップの顔利き腕利きだけどよ、もうちぃっと人間個人の限界っつーか、俺の力量の底ってのも考えてくれねぇと困るんだけどなぁ」
「ほとんど底なしの体力馬鹿が何を言ってんだよ」
「おうおう、言ってくれるじゃねぇの。その通りだけどな」
山神はニシシと笑って、並んでいた僕と少し、距離を空けた。いよいよ、戻るらしい。自分の世界へ、彼の仕事場へ。しばしの憩い、青春の場。何もかもかなぐり捨てて、しかしけして後悔せず、殺し屋山神は、自らへの依頼をまっとうする。強かに、強く。
ふと、どうしようもなく言葉が喉に押し寄せて、僕の口は、夕陽の向こうに溶けようとしてる親友に向けて、気付けば勝手にしゃべっていた。
「死ぬなよ、竜太っ」
死ぬな。殺し屋に向かってそんな単語を発する人間が、一体何人世界にいるのだろう。僕はしかも、何百といるという殺し屋業界の、その圧倒的なトップに着く山神 竜太に向かって、その言葉を投げかけたのだ。愚かしい。愚かしくて救いようがなく、でも、彼の存在はそれほどに歪で、確かな信頼など、持てるはずもなく。
「あぁ? たりめぇだ、誰が死んでやるかよ」
当然の結果として、彼は笑い飛ばした。当然なのだ、生きていることが。それは確かに当然なのだけど、しかし、僕たちだって、彼だって、いつ死ぬかなど、本来の意味で分かるはず、無いのに。
「……顕正」
山神が、竜太が、小さく僕の名を呼んだ。初めて、その口からその名を、僕は聞いた。呼ばれたから、だから答えた。
「なんだよ」
「またな」
「……」
「仕事はくそダリぃが、まぁ、終わったらまた冷やかしにくるぜ、なんせ親友だ。気がねなんぞ、いらねぇよなぁ?」
なぁ、と確かめるように、竜太はもう一度念をおした。僕は答えない。ただ、彼の笑みを受けて黙りこむ。
「だからよ、またな、親友」
「……そうだね」
ようやく息を吐いて。僕はと、彼は、僕たちらしく、笑いあった。にやりと、奇妙に。
「「またな、親友。くたばんじゃねぇぞ」」
オレンジに染まる校庭で、ひと際太陽が、強く照りつけて、山神は、姿を消していた。相変わらず足も速い奴だ。速い奴だし、まぁ、また直ぐに会うことになるんだろうなと、僕は思った。そろそろ、美稲も起きるころかな。
「顕正」
「おや、自分で目覚めるなんていと珍しきかな」
「変なせりふ……」
「まだ眠そうだね」
「ん……」
眠たげに半分落ちた瞼を揺らしながら、美稲は僕の背後に回った。うん? といぶかしむ暇も無く、腹に回される細い腕の感触。
「だいじょうぶ、顕正。顕正の友達は死なないよ」
「……そこで寝るなよ、美稲」
手痛い美稲の言葉に僕は一も二も無く頷いて、お茶を濁すように釘をさす。美稲は、要領は悪いけど、変にストレートな言葉使いをする。僕の揺らぎを治めるに、この声はとても効果的だった。昔から、僕を慰めることだけは、他の誰だって彼女の横には並ばない。勿論前にも、誰もいない。感謝、してるよ、美稲。
「じゃあ、負ぶって帰って」
「……、へいへい、解りましたよお姫様」
甘えた気に腹の腕を僕の首まで上げて、美稲は僕の背に体重を預けてきた。
「よっと」
跳ねるようにして態勢を整え、取り敢えず、まずは研究部の成果を確かめにいかなきゃね。直ぐに寝息を立て始めた背中の重みには、気付かないふりをした。寝るなって言っただろうが。
明日もまだ、文化祭。
ようやっと更新になります。一日置きでは我がプライドが……っ。見守ってやってください。
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