【3-19】黒と白と赤:3
長い冬は終わりに近づいており、それでも窓の外は雪で覆われている。
未だ雪が降り積もっているかのように、部屋の中は静けさに満ちていた。
それを破る為に、声を出す。私が語ったのは、ほんの一部なのだ。
「エドゥアルト様がドゥンテルの城で預かられている間も、私は何も知りませんでした。カルツとドゥンテルの間で交わされた約束も、父の状態も、父と宰相による罪深い行いも。ですが、『知らなかった』は通用しないのも事実です。何故なら、私は王女だったから」
言って、目を伏せる。
国王の娘に生まれた以上、それだけで責任が生じるものだ。
「ですからね、エドゥアルト様。ドゥンテルがカルツの属国となり、カルツの城に連れて行かれて私が受けた仕打ちも、受け入れなくてはならないものだと思っていました。辛くはありましたが……恨みを持っている訳ではないのです」
「アマリア……私も、恨んではいない。むしろ、君のおかげで私はドゥンテルで耐えることが出来た。短い時間であっても、君と一緒に過ごした時間が、私の支えだった」
身を乗り出してエドゥアルト様がそう言い、次いで、涙を堪えるように唇を噛んで震わせる。
それに対して私は微笑み、問うた。
「エドゥアルト様。貴方から見て、私はどういう人間でしょうか?」
「え?」
数秒の沈黙が下りた。
「私は、どういう人間に見えますか?」
再度問うと、エドゥアルト様は戸惑いつつも、答える。
「……とても、心の綺麗な女性だ。気高く、優しく、身分の違いなど気にせずに誰にでも手を差し伸べる……聖女のような女性だ」
「そうですか」
返すのは苦笑だ。それにエドゥアルト様が眉根を寄せたが、無視して私はブレネントルカに顔を向けた。
「貴方から見て、どうです? ルカ」
問うと、ブレネントルカは肩を竦めた。
「王子様とそう変わらんな。自分は捕虜になっているというのに、宿屋の娘の命を案ずるほどのお人好しだ」
「ふ……」
思わず笑みを溢してしまう。
一見褒めているようだが、己の愚鈍さを指摘されたような気がしたし、実際そうなのだろう。
また、エドゥアルト様に顔を向けた。
「エドゥアルト様が受けた仕打ちを、私にも与えた……そう仰いましたね」
「え? ……あ、ああ」
確認すると、エドゥアルト様は頷く。
「エドゥアルト様。私の記憶違いなら仰って頂きたいのですが、ドゥンテルの城で私とエドゥアルト様は、時々会って遊びましたね。お互いの立場も知らず、ただの子供として無邪気に遊び、そして結婚の約束もした。……ですよね?」
小首を傾げると、エドゥアルト様は何度も頷く。
頬を染め、喜びで瞳を輝かせて腰を上げ、私に手を伸ばす。
「そうだ。今こそその約束を果たす時だ。アマリア、どうか私と一緒に――」
「――ですが、おかしいですね」
「え?」
目を瞬かせるエドゥアルト様に対し、私は頬に指先を当てた。
「ご存じの通り、私はカルツの城で命を落とす寸前の状態まで衰弱していました。その様をルカも見ています」
「ああ。だから予定変更して途中の街に逗留した。あのままだと、ブレネントに着く前に死んでいただろう」
私が視線をやると、ブレネントルカも頷く。
その首肯に私も頷き、エドゥアルト様に顔を戻す。
「エドゥアルト様もあのような状態になったから、私もそうされた。……ですよね?」
「そ、そうだ」
エドゥアルト様の顔に先ほどまであった朱の色は、既にない。
じわじわと彼の額に浮いた汗には気付かないふりをして、続ける。
「では、何故でしょう? 『身分の違いなど気にせずに誰にでも手を差し伸べる聖女のような』私が、酷い状態だったはずのエドゥアルト様を見て、助けなかった――助けようともしなかったのは」
「…………あ」
声にもならないエドゥアルト様の吐息に、被せるように言い募る。
「おかしいですよね? エドゥアルト様が城にいる事情を知らずとも……歩くのも覚束ないほどに弱り切っている子供を見てすることが、『無邪気に一緒に遊ぶ』だなんて」
エドゥアルト様がここに来るまでに、何度も自問した。
幼い私が、自分が住む城の中で、今にも倒れそうな、歩くのもやっとの子供に出会ったら?
――侍女を呼んで、食べ物を与えるだろう。
――父の元へ走り、あの子を助けてやってと願うだろう。
――床に伏していた父は、エドゥアルト様の境遇を知らなくとも、即座に察してエドゥアルト様を助ける為に尽力するだろう。
何故、そうならなかったのか。
答えは一つだ。
「ドゥンテルは、エドゥアルト様を預かっている間、虐げなどしなかった」




