【3-18】黒と白と赤:2
少なくとも今は、ブレネントルカに戦う意志はないと理解したようだが、落ち着かない様子だったので、テーブルセットの椅子をエドゥアルト様に勧めた。
茶は出さないが、腰を下ろしただけでエドゥアルト様はほっと息を吐く。
それでも壁際にいるブレネントルカをちらりと見たので、私は言った。
「申し訳ありませんが、彼の同席はお許し下さい。ルカも関係者ですから」
「あ、ああ……分かった」
私が静かに言うと、エドゥアルト様は頷く。胸を張って余裕を見せようとしているが、彼の視線がブレネントルカの腰の剣に数秒留まったので、私はブレネントルカに視線を送る。
ブレネントルカは少し笑い、鞘ごと剣を腰から外して、少し離れた場所に立て掛ける。
「これでいいか? 王子様」
「……私の部下は」
「余計なことをしなければ、捕縛以上のことは何もしない」
「……感謝する」
彼らがそう短いやり取りをすると、ふいに沈黙が下りた。
二人の視線が私に集まる。
「カルツの城で……私は何故、あのような扱いを受けたのでしょう?」
私が切り出すと、エドゥアルト様は顔を歪めてから伏せる。
「それについては、済まなかったと――」
「謝罪を求めているのではありません。理由を聞いているのです」
遮って告げると、エドゥアルト様が顔を上げて目を瞠った。
知っているはずだと思ったのだろうし、事実私は知っている。
だが、ここで彼に言わせることに意味がある。
私が無言で見つめると、エドゥアルト様はごくりと唾を飲んでから、声を発した。
「君と私が互いの国……君がカルツに、私がドゥンテルに預けられていた期間、私は虐待にも等しい環境に置かれた。私の父がそれに怒った結果だ。私が受けた傷を、君にも与えるように城の者に命じたのだ」
「………………」
「私は知らなかった、などとは言えない。知っていた。自分が住む城の中で起きていたことだ。漠然と察していた。――ただ、あそこまで酷い状態になっているとまでは思っていなかった。知っていたら、父に進言するなりして、止めようとしただろう」
一言発すると、それが呼び水だったかのように、するすると紡がれる。
膝の上に置かれた震える拳、苦痛を耐えるようなエドゥアルト様の表情と合わされば、誰もが同情を禁じ得ないだろう。
――だが、あいにくそれを聞いているのは私だ。
私が無言でいると、エドゥアルト様は語気を強くする。
「ましてや――虐げられているのが、あの日約束をした君だとなれば……!」
「いつ、気付いたのです?」
「えっ」
私が言葉を差し込むと、エドゥアルト様が一瞬呆気に取られ、しかし直ぐ様意味を理解して、答える。
「君が、身を挺して私を救ってくれた時だ。あの時の、君の雄姿とも言える気高さに、ドゥンテルで出会った少女だったと気付いた。……遅すぎる気付きだったが」
「……成程」
私が得心したように頷くと、その反応にエドゥアルト様が眉を顰めた。
それに対して私はまた小さく微笑む。
今度は、私が語る番だ。
「……エドゥアルト様がドゥンテルにいた間、本来ならカルツにいるはずだった私がいた理由……というか、経緯についてお話しましょう。少し長くなりますが」
「あ、ああ。構わない。頼む」
何らかの反応を期待していたのだろう、エドゥアルト様には戸惑いしか伺えない。
だが、私はそれを無視した。
「私の母亡き後、父は悲しみから徐々に弱って行きました。それでも王としての責務は果たしておりましたが、それ以外の時間は嘆くこと、私に母の面影を求めて共に過ごすことに費やすようになり、とうとう床に伏しました」
「…………」
「有能な宰相がおりましたので、統治についてはほぼ問題はありませんでした。ただ困ったことに――唯一の子である私に、徹底的に政に関わらせなかったのです」
「しかし……」
口を挟んだエドゥアルト様に、頷く。
「カルツと同盟を結んだ時、父がそのような状態だとは思わなかったでしょう。ですが、私とエドゥアルト様、人質交換についての取り決めをした時分、父はギリギリの状態――歩くのさえやっとだったと聞いています。それでも、同盟を結んだばかりの段階で、弱味を見せられるはずもなく、カルツの提案である人質交換についても、平然とした顔で受け入れるしかなかった」
「なるほど……」
今度はエドゥアルト様が頷くのを見て、続ける。
「問題は、父の病の進行具合は、当人が思う以上に深刻だったことです。国王として、同盟国との約束事は守らなければならない。取り決め通りカルツの王子を迎え入れる以上、今更唯一の子だろうと拒否は出来ない」
そこで一旦言葉を切り、長い息を吐く。
こればかりは、父が愚かだったと言わざるを得ない。
「……強い決意が揺らいだのは、死への恐怖があったからです。正確には――娘がカルツに行っている間に自分が死んでしまったら、娘と二度と会えない……という永遠の別離の恐怖です」
「それで、カルツに送った娘は」
「宰相の娘です。忠誠心か同情からか、とにかく宰相からの提案だったそうですが、父はその提案を飲んでしまったのです」
エドゥアルト様の問いに、私は即座に答えた。




