【3-16】赤の国:6
私を『助け』に?
『奪いに』または『連れ戻しに』の間違いではなく?
そう思ったのが表情で分かったのか、ブレネントルカは続ける。
「お前が腰抜け王子を庇ってブレネントの捕虜になったことで、今までの悪評が払拭され――というか、『改心して聖女となった姫』扱いされているそうだ」
「改心?」
私は何も変わっていないのだが、それも伝わったらしく、ブレネントルカは小さく笑った。
「国の威信をかけてお前を奪取し、カルツの皇妃とする計画が持ち上がっている」
「皇妃……」
「腰抜け王子の妻」
私の呟きに律義に補足を入れられたが、それでも戸惑う。
エドゥアルト様が私を助けにくること、悪評が消えたこと、喜ぶべきことなのだろうが、心が動かない。
私が沈黙すると、ブレネントルカは言った。
「お前はどうしたい?」
「どう、って」
ブレネントルカの顔を見れずに視線を彷徨わせると、重ねて告げられる。
「好きにすればいい。俺達は――ブレネントは義理を果たした。ここから先は、お前が選んで動くんだ」
「………………」
何故、ブレネントルカの台詞に痛みを感じるのだろう。
長い沈黙の後、やっと声を出せたが、それは掠れていた。
「私が、戻りたいと言ったら?」
「止めない。腰抜け王子とカルツの騎士とは戦わず、傷一つつけずに返すだろう。あちらの動きにもよるが」
「私がここを去った場合、父は?」
「何も変わらない。お前の行動如何で見捨てることはない」
「………………」
質問には、間髪入れずに返される。嘘ではないことも分かる。
聞きたいことは、もう一つある。
だが、一番発したい質問は私の喉から先に出てくれず、私は口を閉じた。
「……数日内に決めればいい。だが、早めにな」
「……ええ」
「もう部屋に戻れ」
「ええ」
ブレネントルカの穏やかな声に頷き、私は踵を返した。
自室に戻ると、レッタがベッドを整えている最中で、私を見ると微笑んで、身体を温めるワインを用意したと言って来る。
サイドテーブルにあるそれを見て礼を言うと、レッタは笑みを深めておやすみなさいと言って来た。
「――レッタ」
部屋から去ろうとする彼女を、何故呼んだのかは分からない。
けれど、レッタは小首を傾げてから戻って来て、私に問うて来る。
「どうされました?」
「あ……えっと……」
思えば、レッタは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているが、個人的な話をしたことはない。
彼女の性格や、距離が近い割に不思議だと思っていたが、ブレネントルカからそう命じられているのではないか? と思い至った。
けれど、父がいた部屋と同じように、私から話しかけたら?
「レッタ。少しだけ話したいの」
「……はい」
私が彼女から目を逸らして言うと、レッタは大きく頷いた。
ベッドの端に並んで腰かけてから、私はレッタに言った。
近日中にカルツから迎えが来ること、私が望めばカルツに戻ることは止められないこと。恐らく今までのような待遇ではなく、厚遇が待っているであろうこと。
そこまで言うと、レッタは問うて来た。
「姫様は、どうされたいのですか?」
「それは……」
言い淀んでしまったが、心は決まっている。
だが、それを口に出すことが恐ろしい。
私が目を伏せて黙り込むと、レッタは優しく言って来た。
「姫様がどの選択をしたとしても、私はそれを尊重します。ですから、姫様は心の赴くままに――」
そこで、レッタの言葉が途切れた。
「? レッタ?」
思わず顔を上げて、彼女の顔を見る。そして、息を飲んだ。
表情豊かなレッタの、初めて見る顔だった。
目に涙を溜め頬を紅潮させ、引き結んだ口元と肩が震えている。
「レッタ――」
「ごめんなさい、姫様」
「え」
私が小さく声を漏らすと、レッタが立ち上がって私の前に来、膝を着く。
そして、伸ばされた指先が私の両手を強く掴んだ。
両目からはらはらと涙を流して、レッタが叫ぶ。
「姫様を困らせるだけだと分かっています! でも――これ以上黙ってられません!! 姫様、カルツに戻らないで下さい、お願いします、戻らないで……!!」
「レッタ」
「姫様についての誤解が解けても、今後は大事に扱われるのだとしても――奴らがどれだけ後悔していようとも、許してはならないことがあるのです!! あのような……姫様にあのようなことをした奴らの元になど戻ってはいけません、絶対に!!」
「レッタ……」
基本的に物静かだったレッタの、激情とも言える言葉に驚きながらも、思い至る。
これまでレッタの挙動の端々に浮かんでいた、カルツへの軽蔑。
時折見せていた、私の回復具合への安堵。
私が置かれていた境遇への同情と言うには、あまりに深い感情。
ふいに、意識の外から言葉が出た。
「……あなたが、食事を届けてくれていたのね……?」
レッタは私の手を額に当て、ただ頷く。何度も。
カルツの城から与えられていた、到底食事とは言えないものとは違う。
純粋に、私を想い命を繋ぐ為の食料。
あれは、諜報活動の為にカルツの城に潜入していた、レッタがしていたのだ。
エドゥアルト様ではなかった。
レッタの目から溢れた雫が、私の指を伝い、床へと零れて行った。




