【3-15】赤の国:5
私が知る限り、父は優しく穏やかな性質を持つひとだった。
一国の王ともなれば優しいだけで済むわけはないし、私が知らないところでは血生臭いことに手を染める場合もあっただろう。
しかし少なくとも、それらは私の目に触れることのないまま、私はカルツへと連れて行かれた。
私が覚えている父の姿と言えば、ベッドに横たわる姿だ。
元々痩せ型のひとではあったが、不健康という訳ではなかったのだが、父は母を失ってから徐々に元気をなくし、ベッドに伏せる時間が多くなった。
最愛の母以外の女性と、子を為すつもりはないままで。
周囲から幾度も後妻を娶るように勧められても、アマリア――私だ――が最初で最後の子だと。
国を継ぎ、治める資質があるのなら、血統に拘る必要はない。
アマリアがドゥンテル初の女王となるのもいいし、優れた男性を婿として迎えるのでもいい、と。
頑固な一面もある父を、説得出来た者はいなかった。
* * *
「大きくなったな」
忘れるはずもない、記憶の中にある父とほぼ変わらない。
異なる点があるとすれば、ドゥンテルにいた頃よりは少し瘦せただろうか。
しかし――青白かった肌は赤味を取り戻しており、肌の艶は到底病人には見えない。
時刻はもう夜で、蠟燭の炎を光源としていることによる錯覚か?
私がそう思ったところで、父はふと微笑んでからゆっくりを姿勢を変えて、掛け布団の中から身を滑らせて、ベッド脇に置かれていた室内履きに爪先を差し入れる。
立ち上がろうとしている。
私が咄嗟に父を支えようと手を伸ばしたところで、父が制止するように掌を私に向けた。
「大丈夫だ」
そう言われたら、どうしようもない。
私がハラハラとしながら見守っていると、父は寝巻の上からガウンを羽織り、窓際に置かれているテーブルセットに向かう。
見るからに慣れた、そして淀みない動作で、よろめいたり、躓く事もない。
父はソファに腰を下ろすと、私にも座るように視線で勧めた。
夢でも見ているような、もしくは幻覚を見ているような心持で、父の向かいに座る。
私が父をじっと見つめると、父はぽつりと言った。
「毒を盛られていた」
「え?」
「私は病ではなく、毒に冒されていた」
笑えるような内容ではないのに、父は笑みを深める。
やはり見間違いではない。昔より健康になっているのだ。
自分の心音が聞こえ、それがまるでパズルを組み立てるものに思える。
「ブレネントルカに――『保護』されたのですね?」
浮かんだまま声に出すと、父は大きく頷いた。
「そうだ。だが、お前の耳には違うように届いていただろう。もっと早くに伝えられたら良かったんだが、そうもいかなかった。私がここに連れて来られた時点では、そのまま死んでもおかしくない状態だったからだ。だが――済まない」
「いいえ……」
そもそも、正しい情報がカルツまで届いていたとしても、カルツの城に閉じ込められていた私に、情報が捻じ曲げられることなく、そのまま着いたかどうか。
いずれにせよ、真実は目の前にある。
父は生きており、ブレネントルカは父を殺していない。
ドゥンテルに攻め入ったのは、滅ぼす為ではなかった。
「お父様。一体何があったのですか? エドゥアルト様の――カルツの狙いは何だったのですか。教えて下さい」
私が父を真っ直ぐに見て言うと、父は小さく頷いた。
* * *
見張りが立っている場所まで戻ると、そこにいたのは見張りだけではなかった。
ブレネントルカ。
私がここに来た時点で知らせが入り、彼もここに来たのだろう。
彼は背を預けていた壁から身を離すと、ぽつりと言った。
「……全て聞いたようだな」
「ええ。だけどまだ、あなたに聞きたいことがある」
「分かった。――連いて来い」
身を翻して歩き出すブレネントルカを、私は追った。
行き着いた先は見張り台で、ブレネントルカはそこにいた見張りに一言言って下がらせる。
屋根のない場所だが、もう暴風雪は去り、避難していた国民も各々の家に戻り、雪も止んでいる。そして篝火が炊かれているので、寒いことはない。
月光に照らされ、雪で覆われている庭園を見下ろす位置まで来ると、ブレネントルカは足を止めて振り向いた。
そんな彼に、言う。
「父がいる場所に私が来たら、通すように言っていたのね」
「そうだ」
「何故? 私がここに来てから、かなりの時間が経っているわ。何故私が気付くまで……何も言わなかったの」
そこまで言って、私の両目に涙が溢れた。
口にしたのは、本当に言いたかったことではない。
私は父に話を聞くその時まで、ブレネントルカを親の仇として憎んでいたのだ。
ブレネントルカは、無実の罪で私に憎まれていたのだ。
カルツにいた時の、私のように。
ハンカチを取り出して頬を拭ってから、改めてブレネントルカを見る。
視線が合うと、彼は言った。
「お前が自分で選んで、自分で動いて知るべきことだからだ」
「それは、どういう……」
「お前は約3年間、カルツの国で徹底的に痛めつけられ、思考力を奪われた。そしてカルツの国盗り計画の一環として、洗脳された。カルツの思惑通りに動くようにな」
「………………」
「腰抜け王子の為に命を捨てようとしていた人間にいきなり真実を教えて、すんなり受け入れられたと思うか?」
言い返せなかった。
私が沈黙すると、ブレネントルカは話を変えた。
「カルツに潜入させている諜報員から、今朝連絡が来た。数日中に、騎士団を率いた腰抜け王子がここに到着する。――お前を助け出す為にな」




