【3-12】赤の国:2
ブレネントでの生活は、静かに過ぎて行った。
正直なところ、傍目には優遇されていても私はあくまで捕虜なので、いつかまた辛い生活が戻って来るのかもしれないと警戒していたのだが、冬が続くだけののどかな生活がひと月近く続くと、疑うのも馬鹿らしくなって来る。
私の心情を正確に顔から読み取っていたのか、それともレッタから報告されていたのか、相変わらず私の好みが反映された夕食の席で、ブレネントルカは言った。
「信用しろ言ったところで無駄だから言わんが、今の生活を楽しんでおいた方が得だと思うぞ」
「得?」
柑橘類のソースがかかった柔らかい肉を、フォークで切り分ける手を止めて聞き返すと、ブレネントルカは唇を緩めながら頷く。
「お前からすると、ここでの暮らしは死刑囚の最後の晩餐のように感じてるんだろうが、覚悟が決まってるなら割り切れって話だ。流石の俺も、朝一番にお前の部屋に乗り込んで、問答無用で首を掻っ切ったりはしない」
「例えがなんだか物騒だけど、言いたいことは分かったわ」
呆れて返すと、ブレネントルカは執事にワインを注がせ、それを一口含む。
「城の敷地内から出ない限りは、どこに行っても、何をしても構わん。自由にしろ。書庫で本を読み漁ってもいい。温室で生け花をしてもいい。ひたすら庭を走り回ってもいい。壁の汚れが気になるなら掃除をすればいい。必要な物があれば揃える。ただし、常にレッタを、もしくは護衛の者を傍に置いておくこと。それだけは守れ。監視じゃない、身の安全の為だ」
「………………」
「なんだ?」
私が無言でじっと見つめると、ブレネントルカが問うて来る。
なので、浮かんだ疑問を素直に答えた。
「あなたが私にそこまでする理由は、何?」
「理由はある。が、お前が想像するようなことじゃない」
一応回答は返されたが、望んだものではなかった。
とはいえ、私が望んだのはどういう返答だったのか? と問われると、多分私は答えられない。
* * *
王のお墨付きを得た私は、連日別館を除いた城の中を歩き回った。
書庫の本を読み、時折庭に出ては植わっている花や植物を眺めた。
書庫には国政や国交に関するもの、次いで世界の地図と各地の気候に関する書物が多く、庭には寒い季節に強い薬草、食用の草花が多く育てられていた。
ブレネントルカの趣味だと聞いた。
* * *
ブレネントルカが言っていたように、酷い暴風雪が訪れた。
いつもは静かな城内が慌ただしくなり、窓から外を見ると、大勢の国民が列をなして、門を潜っているのが見える。
人波が途切れると、次は大量の家畜を迎え入れにかなりの時間をかけてから、城門が閉じられた。
朝はちらつく程度だった雪が、昼過ぎには徐々に激しくなって来て、風の音が響いて来る。
それと同時に、どこからかカーン、カーンという鐘とは異なる長い音が聞こえて来た。
「姫様、外から窓を封鎖する作業が始まってます。窓の近くには寄らないようにしてください」
レッタに言われて振り返ると、彼女は大量の薪を運び込んでいるところだった。
「封鎖?」
「はい。換気の為の小窓を除いて、外から板で覆います。頑丈に作られていますが、風と雪で窓が割れることもありますから。出来るだけ冷気を防ぐのもありますけど」
それだけ言ってから、レッタは早足で廊下に出て行き、やはり大量の毛皮を抱えて戻って来る。
私がいつも寝ているベッドを毛皮だらけにしてから、レッタが踵を返して廊下に出て行こうとしたので、咄嗟に声をかける。
「レッタ! あの……私にも何か出来ることはない?」
「えっ」
レッタが目を丸くして、一時停止した。
* * *
動きやすい平民服を着て別館に現れた私を発見した際の、ブレネントルカの顔は見ものだった。
恐らく領主と思われる男性と話していた彼は、別館の扉を潜った私を目の端で捉え、そしてまた男性の方を向き、会話を続けようとしたところで、また私に視線を戻して口をぽかんと開けた。所謂二度見だ。
「陛下?」
ブレネントルカと話していた男が首を傾げ、ブレネントルカの視線を辿って私を見、またブレネントルカを見る。
「見慣れない女性ですが、どなたですか?」
どうやら私という捕虜の存在は、ブレネントでは秘密事項らしい。
ブレネントルカは咳ばらいを一つしてから、
「最近新しく雇った侍女の――リア、だ。新人だから教育がてら色々させている」
と言った。男は特に疑った様子もなく、目を細めて頭を下げる。
「成程。よろしくお願いします」
「こちらこそ。未熟者ですがよろしくお願いします」
私も軽く礼をして、そしてブレネントルカに近付いて言う。事情を知らない男がいるので、一応敬語で。
「レッタに頼んで、来させてもらいました。力仕事は無理ですけど……出来ることはありませんか」
私が来た理由を理解したブレネントルカは、一瞬だけ呆気に取られたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。
「助かる」
それが今まで見て来たような皮肉気なものではなく、少年のような屈託のない笑顔だったので、一瞬だけ息が止まった。




