【3-11】赤の国:1
ブレネントの城は、城と言うよりも要塞だった。
カルツとブレネントの間にある街を出てから数日、馬車の中にいても吐く息に再び白が混じり始め、私が身震いする度にレッタが毛皮のマントを重ねるようになった頃、少し遠くに巨大な影が見えた。
「俺の城だ」
とブレネントルカは言った。
国を囲っている分厚い壁を門を潜って通り抜け、城下町の中を馬車が進んで行く。
初めて見るブレネントの街は、予想外に活気に溢れていて、冷たいはずの空気の中で、沢山の人達が明るい顔で行き来している。
時折見える昏い路地にまで目を凝らしても、花売りは勿論、物乞いの姿すらなかった。
「……繫栄してるのね」
「意外か?」
私が囁くようにぽつりと吐いた台詞さえ拾い上げ、向かいに座っているブレネントルカが面白そうに返す。
伝聞や想像だけで、貧しく荒れた国だと思っていたことに頬が熱くなり、私は身動ぎをしてから唇を尖らせた。
それを見て、ブレネントルカが肩を揺らす。
「ここはドゥンテルからもカルツからも離れた地だ。旅行者や冒険者なら、たまに寄り道で来ることもあるが、目立った特産品がある訳でもなく、積極的に交易したがる国もない。自然と噂だけで知った風になる奴も珍しくない」
「でも、戦争はあるんでしょう?」
「こっちから仕掛けることはあっても、仕掛けられることはほぼないな」
つまり、この土地が戦場になることはほぼない、ということなのだろうが。
「なのに、城は頑健なのね。何を恐れてるの?」
巨大で強固な造りは、敵の侵入以外に懸念があるということだ。
「一応理由はある。後で説明しよう」
私の疑問にブレネントルカは頷き、口角を上げた。
* * *
城を囲む堀にかけられた橋を渡り、開かれた城門を馬車のままで通ると、恐らく騎士や使用人の為の居住区である中庭をまた進む。
そこでまたもう一つ構えられている城門を抜ければ、王の居館が見えて来た。
「別館も広いのね」
「ああ」
居館とさほど変わらない大きさの建物が居館の左右にあるので、ブレネントルカの親や親族が住む為の場所なのだろうと思ったのだが。
「時折訪れる寒波や暴風雪に使う、国民の避難場所だ」
ブレネントルカが平然とそんなことを言ったので、一瞬聞き間違いかと思った。
「え?」
「国民の避難場所」
もう一度繰り返すブレネントルカに両目を瞬かせたところで、馬車が停まった。
居館の中の一室が、私用の部屋だと言われたのだが。
「……来賓の為の部屋では?」
しつこいが、私は捕虜である。
上質な壁紙やカーテン、毛足の長い絨毯が敷かれ、天蓋付きのベッドを始め、全ての家具が高級な新品だと分かるほどに綺麗だ。
火を通された暖炉のおかげで、外の冷えた空気は届かない。
私の第一声が歓声じゃなかったからか、ブレネントルカは唇をへの字にして顎を撫でる。
「捕虜とはいえ、身体が弱いお前を牢屋に放り込みでもしたら、寒さで一日と持たないだろう」
「この城には客室と牢屋しかないの?」
反論にしては極端な内容に思わず突っ込んだが、無駄な指摘であることも分かっている。
ならば黙っていればいいのだろうが、ブレネントルカの目的が不明だから、思わず口を出してしまう。決して私の性格が悪い訳ではない。
私とブレネントルカが静かに睨み合うと、レッタが慌てて言って来た。
「姫様。病み上がりのところに、馬車での長旅だったのでお疲れでしょう。まずはお身体を休めましょう。ご入浴とお食事と睡眠を十分摂って、今後の話し合いはそれからでも遅くはありません」
「……分かったわ」
私が息を吐いて頷くと、ブレネントルカがぼそりと「レッタには素直なんだな」と言った。
聞こえないフリをした。
* * *
部屋だけではなく、私には世話用の侍女が二人も用意されていた。
彼女達には浴室で徹底的に洗われ、用意されていたドレスを着させられ、軽くだが化粧までされると、食堂に連れて行かれる。
テーブルに着いているのはブレネントルカだけで、レッタは私と別れて食堂の出入り口前に控える。他は執事やメイドだ。
私が席に着くと、肉料理にサラダ、スープにデザートと次々と運ばれて来、食べ切れるだろうかと不安になったほどだ。
「食える分だけ食え。マナーは気にするな」
ブレネントルカが言い、私の返事を待たずに食べ始める。
テーブルマナーが必要な生活とは長く離れていたので、私は街で食事をしていた時と同じように、気楽にフォークとナイフを手にした。
街にいた間に私の好みは知られていたらしく、口にする料理は全て私の舌に良く合った。
「……別館には今、誰かいるの?」
何となく私が問うと、ブレネントルカは一瞬だけ手を止めて、ワインが注がれているグラスを取る。
「いや、今のところはいない。さっき少し言ったが、別館は国民の避難場所として開放する為の場所だ。この辺りは時折寒波や暴風雪に見舞われる。酷い時は凍死者も多い。一番死ぬのは子供や老人だ。人間だけじゃなく、貴重な家畜もな」
「それで避難所を?」
「ああ。どうせ誰もいないなら、たまには国民に使う方がいいだろ」
こともなげにブレネントルカは言うが、統治者としては稀な考え方だし、それも悪名高いブレネントだ。
少なからず混乱しながらも食事の手を進め、お腹一杯になったところで私は手を止めた。
レッタと共に私の部屋に向かっている途中、レッタが嬉しそうに問うて来た。
「お食事はどうでしたか?」
「美味しかったわ」
「良かったです。見たところ、街に逗留していた時よりも沢山食べられましたね。お腹は苦しくありませんか?」
「流石に少し苦しいわ。美味しすぎたせいね。でも、明日も同じだけ食べられそう」
私も思わず笑って返すと、レッタはふいに目尻に涙を浮かべた。
「レッタ?」
「あ、すみません。……何でもありません」
レッタはそう言うと前を向いてしまったので、それ以上の追及は出来なかった。




