【3-10】閑話:白の国
エドゥアルト・ウバルド・カルツヴァンニは選択を迫られていた。
「殿……陛下。今日も国民が門前に押しかけております」
「わかっている」
「稼ぎ手を失った国民の救済、ブレネントへの報復と、それに」
「わかっている!!」
語気を強くして同じ台詞を繰り返すと、年若い宰相は一瞬震えて肩を窄めた。
地位に見合わない幼い顔と挙動に舌打ちしそうになったが、ある意味彼は自分と同じなので、八つ当たりも出来ない。
彼に投げる言葉は、全て自分に返って来ると分かっているからだ。
ブレネントの襲撃から、一カ月は経過していた。
蛮族の集団としか思われていなかった国による攻撃は、小さく、しかし鋭い槍に突かれたようなもので、手足はもぎ取られずに済んだが、その代わりに頭脳と心臓、そこに繋がる重要な血管を千切って行った。
国の運営に携わる重要人物や、国を外敵から守ると同時、他国へ攻め入る矛と成り得る武器や騎士団は、根こそぎ潰された。
今エドゥアルトの目の前にいる宰相は、長年勤めて来た有能な父親が殺されたので、暫定的に宰相に任命された息子だ。
国王の首が落とされ、自動的に玉座に座ることになったエドゥアルト同様に。
「今どこかから攻め入られたら、今度こそ我が国は終わるんだぞ……!」
親指の爪を噛み、もう片方の手で髪を掻き毟るエドゥアルトに、宰相が眦を下げる。
「……残忍な連中だと聞いていましたが、壊滅させられなかったのは不幸中の幸いでしたね」
「………………」
宰相の言葉に、エドゥアルトはぴたりと動きを止めた。
「ただの気まぐれだと思うか?」
「は?」
「ドゥンテルでもそうだったという報告が入っていた。国防が難しくなる程度に攻撃し、しかし侵略まではしない。ブレネントは寒さが厳しい国だ。そんな国が他国に攻め入るとしたら、やる事は国の乗っ取りしかないんじゃないか? それを放置だと?」
カルツとてドゥンテルを侵攻したものの、決して小さくはない国一つを管理するのにも、金と人員がかかかる。なので、王は生かしたままで人質を取り、王族はカルツの少数精鋭に見張らせることで、都合よく使える属国とした。
それと比べると、ブレネントルカの行動は中途半端だ。
エドゥアルトの言葉に宰相が目を瞬かせ、そして頷く。
「それは確かに……そうですね。つまり……?」
「ドゥンテルと我が国に攻め入ったのは、他に目的があったからだ」
そこまで口にして、ブレネントルカが連れ去ったアマリアが脳裏に浮かぶ。
「……アマリア……」
「あの、アマリア様のことですが」
意図せず口にした名に、宰相が反応した。
「アマリア様は殿下……いえ、陛下の命を身を張って救った、聖女だという声が広がっています」
「何?」
予想外の内容に思わず宰相を睨んでしまったが、先ほど遮られて言えなかった内容だったのか、機会を逃すまいと宰相は構わず続ける。
「元々アマリア様は悪女として知られておりましたが、『人質として我が国に連れて来られたものの、厚遇を受ける内に改心したのだろう』という噂が大半です」
「厚遇、か」
カルツの城において、アマリアがどのように扱われていたのかくらい、エドゥアルトも知っている。宰相もだ。
しかしアマリアと関わることのない生活圏の人間は、カルツは温情により敵国の姫を大切に扱って来た、という嘘を信じている。だからこそ、アマリアは稀代の悪女であるという噂が際立ったのだが。
それが宰相の言うような流言に繋がったというのは何とも皮肉だな、と思う。
例え捕虜であるアマリアが殺されたとしても、カルツの損失には繋がらないし、責任を負うこともない。
アマリアの祖国であるドゥンテルの王、つまりアマリアの父もブレネントルカに殺されたのだから、姫をみすみす敵に渡したからと、ドゥンテルが何かして来るとも思えなかった。
とはいえ、ブレネントルカに攫われたアマリアを、そのままにしておくつもりはなかった。
単純に「今はそれどころではない」からであって、カルツを立て直してから救出に向かう予定だったのだが。
「『聖女』救出に参加したいという男を集めろ。二か月後に、ブレネントへ向けて出陣する。それまでに、騎士として戦えるまでに鍛え上げておけ」
「はい?」
思案の末にエドゥアルトが発した台詞に、宰相が呆けた声を出す。
が、国民の支持と士気を高める策であると即座に理解し、身を翻して早足で姿を消した。
その背を見送って、エドゥアルトは長い息を吐く。
脳裏には、過去に結婚の約束をした少女の姿が浮かんでいた。




