【4】ある騎士の物語
更新が長くストップしてたので、リハビリを兼ねて短い話を書きました。
【3】はなるべく早く執筆再開する予定です。よろしくお願いします ( ᴗ ̫ ᴗ )
俺の名前はラエル・デュコ。騎士である。
シクステン皇国の下町に生まれ、目立った能力も才能もないが、それなりにガタイが良く力持ちだったので、それを活かすべく(というか活かして日銭を稼ぐべく)騎士になった。
『騎士』と聞いて誰もが思い浮かべるのは、白銀の鎧を纏った強く美しい美丈夫だろうが、残念ながらそれには程遠い下っ端騎士。
城門前に槍を持って突っ立っている、兜で顔も見えないモブ。大体そんな感じだ。
おとぎ話だと、平凡な騎士に見えて兜を外すと美しいかんばせが……とかよくあるパターンだが、そんな事もない。
ごつめの四角い顔に小さな目、俺の顔を見た者は例外なく捨て犬を思い浮かべるであろう、下がり気味の眉と眦。禿げてはいないが豊かでもない枯草色のぼさついた髪には、お世辞にですら褒め言葉が向けられたことはない。
しかし一度キレると最後、誰もが恐れる怪力を発揮し、猪ですら素手で薙ぎ倒す……なんて事もない。力持ちではあるが、暴力も喧嘩も嫌いだ。
そんな気弱な騎士が俺である。
* * *
「デジレ・マリヴォンヌ!! 私はお前との婚約破棄を宣言する!!」
そんな凛とした大音声が響き渡ったのは、イレール・ダヴィド皇子の成人を祝うパーティ会場だった。
その日俺は、何故か普段の持ち場である城門前を外されて、パーティが行われる城内ホールの壁際に配置されていたのだが、一体何事かと首を伸ばして兜越しにホール中央を見る。俺以外にも壁際には警備の騎士はおり、そいつらも左右を見渡していた。
さておき、今日の主役であるイレール皇子と、彼に寄り添う美少女、そしてその二人の前に蹲っている女性が見えた。
俺の見間違えでなければ、皇子に寄り添っているのは、ちょっと前から聖女と呼ばれるようになった平民出の少女、エルネス・レルカン。
そして皇子とエルネスで突っ伏すようにして震えているのは、皇子の婚約者であるはずのデジレ・マリヴォンヌ。
恋愛関係にはとんと無縁の俺でも分かる。というか、皇子の台詞で察せられる。
――皇子は聖女に心変わりをして、デジレ嬢を捨てようとしているのだろう。
この修羅場の主役である三人を取り囲む令息や令嬢、貴族連中は大勢いるものの、皇子を咎める声が一つも起こらないのは、デジレ嬢の悪評を知っているからだろう。俺でも知ってる。
金髪碧眼のエルネス嬢と比べて、漆黒の髪に赤い瞳のデジレ嬢は、このパーティ会場でも異彩を放っており、白い紙にポトリと落とされた黒インクのようだ。
聖なる力を顕現したとかで神殿に引き取られたエルネス嬢、日夜生贄を捧げて怪しい魔術を操っていると噂されるデジレ嬢。
イレール皇子とエルネス嬢の距離が縮まったことにより、エルネス嬢に嫌がらせをするようになり、しまいには暗殺者を雇って命を狙ったと言われているデジレ嬢。
時間があれば貧民街に日参し、ボランティア活動をしているエルネス嬢、暇さえあればメイドを呼びつけ、鞭で折檻をしていると囁かれているデジレ嬢。
いずれはシクステン皇国の王となる美青年・イレール皇子に相応しいのはエルネス嬢。
誰もがそう思っているのだろう。
「デジレ! お前はエルネスへの嫉妬に狂ったあまり、人としてあるまじきことをした! 私はイレール・ダヴィドの名の元においてお前を裁き、国外追放とする!!」
「イレール様……! 私は何もしておりません!! どうか私の話を……」
漆黒のドレスの裾を花のように広げた状態で、床に膝を着いているデジレ嬢が叫ぶ。
赤い瞳の目尻からは涙が溢れていたが、それすら疎まし気にイレール皇子は眉を顰めた。
後の皇妃に選ばれているのだから、デジレ嬢もそれなりの美貌で、生まれである。
婚約は政治的な意図からで愛がなかろうと、その意味は皇子も承知しているはず。
なのにこのような場で婚約破棄を宣言したのだから、皇子もある程度の準備と覚悟をもって挑んだに違いない。
イレール皇子は控えさせていた騎士に命じると、デジレ嬢をパーティ会場から強制的に引きずり出してしまった。
俺がパーティ会場内に置かれたのは、デジレ嬢が暴れた時の為の保険だったらしいが、意味はなかったようだ。
デジレ嬢の姿が消えると、途端にパーティ会場には若いカップルを称える声が満ちる。
それと同時に、シクステン皇国の名を汚す悪役令嬢がやっといなくなってくれた。悪の権化であるデジレ嬢は自業自得だ。等々、異口同音にデジレ嬢の追放を喜ぶ歓声。
それらを背に、俺はそっとパーティ会場を抜け、息を吐いた。
* * *
次の日。
俺は上司に呼び出され、またもや城門前の警備を外された。
「あの……もしかして俺、クビが近いんですか?」
「そうじゃない」
肩を窄める俺に上司は苦笑しながら首を振り、その動きのついでに周囲を伺って、その上で俺に顔を近づけて顰めた声を発した。
「特別ボーナスをやるから、罪人の護送をして欲しいんだ。簡単な仕事だ」
大概鈍い俺も、流石に『罪人』という言葉にピンときた。
「もしかして、デジレ・マリヴォンヌ嬢ですか」
「そうだ」
話が早いとばかりに上司は笑い、頷く。
「あの悪女をルネの森まで運んで、捨てて来るだけだ。この任務に就くのはお前一人だけだが、縛られた女一人だから碌な抵抗も出来ない。つまり簡単なだけでなく、とても安全な仕事だ」
「………………」
その『罪人』は、つい昨日まで悪魔だ魔女だ魔術の使い手だと言われていた令嬢なのだが、それが本当だったら有能な騎士が犠牲になる。俺一人がやる仕事というのは、つまりそういうことなのだろう。
俺が犠牲になろうがなるまいが、どっちに転んでも誰も損しない。
いや、成功すれば少なくとも、特別ボーナスで俺は得する。
「分かりました。やります」
俺は頷いた。
デジレ嬢の護送をするのは日が高い時間帯ではなくその日の夜だったので、俺は色々準備してから夕暮れになるのを待ち、用意されていた馬車に向かった。
馬は二頭、見るからに尻が痛そうな御者台、後部は空気穴と扉があるだけのでかい木箱、といった有様で、馬車を発進させる前に扉を少し開けて様子を伺うと、灰色の薄汚れたワンピースを身に着け、縛られた状態で転がっているデジレ嬢が見えた。
僅かに上下する肩で生きていることは分かったが、猿轡は自決させない為だろう。
俺が扉を閉めて御者台に乗り込むと、同僚の下っ端騎士が走って来た。
「見送りなんて大袈裟だな」
俺が言うと、下っ端騎士は肩を揺らす。
「いやいや、気付いてないようだから、鈍いお前に教えてやろうと思ってな」
「?」
俺が首を傾げると、同僚は特に声を抑えることもなく、俺に言う。
「ルネの森は、魔獣が出ることで有名だ。女が身一つで放り出されたら、後は魔獣に食われて死ぬだけなんだから、捨てる前に色々出来るだろ?」
「………………」
「本当は、最初は俺がやる予定だったんだよ、これ。それを女に縁のないお前がやるべきだと言って譲ってやったんだから、酒くらい奢れよ」
「……ああ、分かった。有難う」
俺は兜の下で、低い声を出した。
* * *
出発は夕方過ぎだったが、ルネの森に少し入った場所に着く頃には月が真上に出ており、月光が届かない暗い場所で俺は馬車を止めた。
御者台を降りて傍らに置いていた荷物を持つと、後部に回って扉を開ける。
そこにゆっくりと踏み入ると、木の板が軋む音で気付いたらしく、デジレ嬢が身を起こした。いや、身を起こそうとして失敗した。
頭だけを持ち上げて俺を見る目には、恐怖の色が浮かんでいる。同僚の発言を聞いていたのだろう。
俺が傍らにランプを置くと、デジレ嬢が涙の浮かんでいる目を瞠って呻いた。俺が手荷物からナイフを取り出したからだ。
俺が近づくとデジレ嬢が呻き声を大きくしたので、俺は人差し指を口元の前に立てた。
「静かに。乱暴はしない。今から縄を切る」
「……。…………?」
俺の声にデジレ嬢は一瞬動きを止め、それでも俺の動きをじっと見つめている。
俺はデジレ嬢の傍に行くと、細い体をぐるぐる巻きにしている縄を切った。
両手両足が自由になると、デジレ嬢は自分で猿轡を外す。そして姿勢を正すと俺を見た。
何を聞きたいのかは分かっていたが、時間がない。俺は手荷物を開けてコンパスを取り出した。
「いいか、よく聞け。ここから北東に向かって真っ直ぐに歩け。あんたの足で3時間くらい歩いた場所に、湖と山小屋がある。その山小屋に夜明け前まで身を隠せ」
言いながら、コンパスをデジレ嬢の華奢な掌に握らせた。
「これがなかったら迷う。絶対になくすな」
指差しまでして言い聞かせてから、また手荷物を探って小さな巾着を取り出した。獣除けの魔道具が入った、それも握らせる。
「効果時間は山小屋までぎりぎりだが、これを持って静かに歩けば、魔獣には気取られない。戦おうとはするなよ。仲間を呼ばれるだけだ」
そしてまた荷物を探って、マントと靴を取り出した。
「これを着ろ。マントのポケットにメモを入れてる。山小屋に着いたらそれを読め」
そこまで言うと、俺はデジレ嬢に背を向けて、後部から降りた。
「準備が出来たら出て来い」
そう言い置いて。
ほんの数分でデジレ嬢は身支度を終えて、馬車から地面に降り立った。
また彼女が俺を見つめたので、俺はルネの森の奥深くを指差す。
「行け」
「…………どうして?」
「……さっさと行け」
俺が繰り返すと、デジレ嬢は一瞬泣きそうな顔になったが、重ねて問うことはせず、足早に立ち去った。
それを見届けると、俺はまた御者台に乗り込んで、馬車を発進させた。
* * *
俺の命令違反は誰にもばれず、よってデジレ嬢に追手がかかることもなく、俺の首が斬られることもなく、平和に日々が過ぎた。
俺がしたことは、反逆行為と見做されても仕方がないことなのだが、俺の平々凡々っぷりではそんな大それたことをする度胸はないと誰もが思っていたのだろう。疑われもしなかった。
デジレ嬢を逃がしてから一月後、仕事が休みの日に例の山小屋に行くと、少しの保存食と俺が隠していたへそくりの一部がなくなっていた。デジレ嬢に持って行くようにメモに書いていたことなので、彼女が指示通りに動いてくれたことに、俺は安堵した。
ルネの森は素人には危険なのだが、準備と知識と装備があれば然程ではなく、山小屋は隠居後の住まいとして俺が用意していたものだ。
金が貯まったら早々と森に籠もり、狩りや釣りをして余生を過ごす予定だったが、デジレ嬢への援助で少しだけ隠居が遠のいた。
湖にはボートが一艘浮かんでおり、それで半日かけて湖の対岸に行くとやはり山小屋があり、そこには俺の親父が住んでいる。
デジレ嬢に渡したメモには、『ラエル』の名を出せば親父は隣国への亡命を手助けしてくれることを書いていた。人食い熊のように人相が悪いがお人好しの親父は、上手くやってくれたに違いない。
なんせデジレ嬢は、幼い頃に病で死んだ俺の妹に似ているのだから。妹が生きていれば、デジレ嬢と同じ年頃であろうことも、親父なら言われなくとも気付いたはずだ。
* * *
デジレ嬢の出奔から、三年が過ぎた。
皇国の王となったイレール・ダヴィドは早々にボンクラっぷりを発揮し、エルネス・レルカンの聖なる力は神殿ぐるみの詐欺だったことも判明。
有能な宰相はイレール王に苦言を呈したことでクビを言い渡されて何処へと姿を消し、そう時間をかけずにエルネスは散財で国庫を空にした。
国民は飢え、疫病が広がり、弱いものから死んで行く。国力は弱まり、近隣諸国からはそっぽを向かれ、国そのものの終わりが見えて来た時、隣国のセーデルンドが攻めて来た。
潰れかけの国を叩くことなど、赤子の手を捻るようなものだっただろう。
相変わらず下っ端騎士だった俺が前線に駆り出されるまでもなく、シクステン皇国は敗れた。
イレールもエルネスも自刃する前に捕まり、皇族に仕えていた騎士は全員広場に集められ、敵国の王の前に一列に膝を着かされた。俺もだ。
騎士は縛られた状態で兜だけを脱がされて首を晒し、名を名乗ると同時に敵の騎士に順番に首を落されて行く。
時折耳に届くすすり泣きや嘆願の声を聞きながら、デジレ嬢を助けなければ、こうなる前に引退して余生を過ごせたかもしれないな、と思った。
後悔先に立たずとはよく言ったものだが、不思議と後悔はない。
騎士道精神などない俺らしい、人生唯一の善行ではないか。俺と親父、それと天国の妹だけが誇れるものならそれでいい。
血に塗れた剣をぶら下げた、首切り役の騎士が俺の前に立ったので、俺は名乗った。
「ラエル・デュコ」
言い終えるかどうかのタイミングで、白刃が俺の首めがけて振り下ろされ、
「待て」
その一言で、騎士の動きが止まった。
俯いていたので真っ赤に染まった石畳しか見えていなかったのだが、数秒後に顔を上げる。
俺の首を落とそうとしていた敵国の騎士の横に、一人の女性がいた。
漆黒の髪を風に揺らし、血のような瞳に深紅のドレスを身に着け、誰を打ち据えたのか、血の飛んだ鉄扇を手に持っている。
デジレ・マリヴォンヌだ。
俺が呆然と彼女を見つめていると、デジレ嬢は後方にいる敵国の王に告げる。
「この者だけは、殺してはなりません」
「何故?」
面白そうに問い返す王に、デジレ嬢は何とも言えないような笑みを浮かべてから、はっきりと言う。
「シクステン皇国においてただ一人の、騎士足り得る者だからです」
涙の滲んだ瞳には、呆けた顔をした俺が映っているのが見えた。
【ある騎士の物語・完】




