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悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【3】囚われの悪女を、王子様が攫ってくれました。(中編)
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【3-8】白の国から赤の国へ行く途中:8


 ブレネントルカに手を引かれて歩き始めたのだが、私の監視の筈のレッタはすぐ傍ではなく、少し距離を置いて連いて来る。

「付き人に見えたら困るからな」

 私がレッタに向ける視線に気付いたブレネントルカがそう言って来たが、貴族のお忍びと勘違いされなくとも、ブレネントルカを平民と見る者はいないだろう。


 私がそんなことを考えていると、ブレネントルカが思い出したように付け足した。

「レッタだけではなく、数人の騎士が遠くから見張っている。だから、万一はぐれて迷子になっても大丈夫だ」

「そこは『逃げようと思っても無駄だ』と言うところでは?」

 思わず突っ込んでしまったが、気を悪くした様子もない。

 むしろ、機嫌が良さそうにブレネントルカは肩を揺らして笑った。何が嬉しいのだろう。


 彼は笑い終えると、目尻に浮いた涙を指先で拭いながら、続ける。

「言い忘れてた。俺を呼ぶ時は『ルカ』と呼べ。俺もお前を『リア』と呼ぶから、そのつもりでな」

「……分かったわ」

 私とて、トラブルを起こしたい訳ではない。素直に頷いた。


 ブレネントルカは最初にサンドイッチを売っている露店へと足を向け、そこに並んでいる商品の材料を確認すると、店主に言って3つ購入する。

 サンドイッチの入った紙袋はブレネントルカが持ち、また空いている方の片手で私の手を引きつつ、次の露店の前へと移動した。

 そこでは搾りたての果汁を売っており、傍には簡素な椅子も置かれている。


 ブレネントルカは私に何が良いかを問うてから、私が答えた通りの果汁を2つ購入し、それは私に受け取らせて視線で露店脇の椅子を示した。

 そこに並んで座ると、ブレネントルカは持っていた紙袋の中からサンドイッチを一つ取り出し、私の膝に置く。そして私の手から果汁が入った木製のコップを一つ取ると、「食おう」と言った。


 サンドイッチには新鮮なハムとチーズ、焼いた卵まで挟まれていて、とても美味しかった。

 小ぶりなサイズのサンドイッチ一つでも、目の前を通り過ぎて行く人々を見ながら食べていると、どうしても食べる速度が遅くなる。

 ふと気づくとブレネントルカは二つのサンドイッチを食べ終えていたので、私が慌てて食べようとすると、ブレネントルカが笑った。


「ゆっくり食っていい。美味いもんは味わって食わないと損だろ。それに、時間をかけて食べても、咎める奴はいない」

「……ええ」

 まるで愛玩動物を見るような視線に、こちらが戸惑う。

 それに――認めるしかない。

 私の扱いは、捕虜に対するものではない。

 出来得る限りの食事を与え、拘束すらなく、毎日温かなお風呂とベッド。清潔な衣類に医者の手配まで。

 

 なぜ彼はここまで手厚い対応をするのだろうか。

 ブレネントルカは残虐な男で、しかし、回りくどい事をするタイプではない。

 例えば、優しい待遇に私が慣れたところで絶望に突き落とす――といったような。

 何か理由があるのだ。


 私がサンドイッチを食べ終え、果汁も一滴も残さず飲み終えると、ブレネントルカは立ち上がる。

 二人分のコップを店主に返してから、また私に手を差し出した。

「まだ満腹じゃないだろう?」

「え、あ……そうね」

 正直な所、食事の量が増えて来ていたところなので、小さめのサンドイッチでは腹八分にすらなっていない。

 

 私がブレネントルカの掌の上に手を置くと、軽く掴まれてから引かれる。私が立ち上がると、ブレネントルカが白い歯を見せた。

「サンドイッチで終わりじゃないぞ。今日しか売られない、珍しい食い物も沢山ある。きっとお前は、胃袋が一つしかないのを残念に思うだろうな」

 そう言われた途端、どこからかいい匂いが漂って来、それに刺激された私のお腹が小さく鳴る。

 私が思わず赤面すると、ブレネントルカは目を細くして笑みを深めた。



 それからもしばらく歩き回り、串を刺して焼かれた腸詰めや、揚げた上に塩を振られた芋、小さく切られてはちみつが掛けられた果物、他にも色々と買っては食べた。

 最初のように座りはせず、買ったものを食べながら歩き、次に食べるものを物色するような、城なら行儀の悪いと言われるであろう振る舞いだ。


 空腹だったとはいえ、自分でも驚くほど食べ物が喉を通り、口に入れた料理は胃袋に入った途端に栄養になっているかのように、歩く力が湧いて来る。

 こんなに歩いたのはいつぶりだろう。

 空気を大きく吸い込むと、綺麗な空気が体内に取り込まれ、私の中にある澱みを消し去ってくれているような感覚に陥る。


 口元から頬にかけての顔の違和感に気付いて指先で触れると、知らず知らずの内に私の口角が上がっていた。

 ほとんど使わなくなっていた表情筋を久しぶりに動かしたので、疲れたらしい。

 ――と、

「そろそろ疲れて来ただろう。休憩だ」

 偶然だろうがブレネントルカがそう言って、ベンチが並べられている広場へと足を向けた。



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