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悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【3】囚われの悪女を、王子様が攫ってくれました。(中編)
31/34

【3-7】白の国から赤の国へ行く途中:7


 私が捕虜になって、ひと月近くが経過した。


 相変わらずブレネント手前の街に逗留したままで、私の毎日は何も変わらない。

 部屋から出るのはお手洗いと入浴の時くらいで、それ以外は全て室内だ。

 食事、診察、睡眠と、読書。本はブレネントルカから与えられた。余程暇そうに見えたのかもしれないが、私は捕虜だ。


 カルツから追手がかかれば、それはブレネントルカにとって良いことではないはずなのに、宿に逗留し続けているのが不思議な程に、期間が長い。

 ブレネントルカが絶対に傍にいない入浴の際、すっかり砕けた口調になったモアナが「この街に家を買ったらどうかしら? 住民が増えるのは大歓迎よ」と冗談を言ったくらいだ。


 事情を知らない人に、私は敗戦国の捕虜なのだ、と言えば笑い飛ばされるに違いない、穏やかな日々。

 これはいつまで続くのだろう。

 いつか終わりが来ることは間違いないのに、それが訪れなければいいとさえ思えた。


 * * *


 何度目の朝か数えるのも億劫になって来たある日、起床の際に頬に当たる空気がやけに暖かかった。

 暖炉によって暖められた空気とは異なる、僅かに優しい湿気が含まれたものだ。

 身を起こして確認しても、やはり暖炉に火は入っていない。私が起きる前から、もしくは就寝中もレッタが部屋を暖めているのが常だったのに。


 ベッドから降り、室内履きを履いて窓辺に寄ると、街には色彩が溢れていた。

 大通りには所狭しと出店が立ち並び、旅行者と言うより観光客がひしめき合っている。

 どこからかラッパの音色が響いて来たかと思えば、花弁が入った籠を持った子供たちが現れて、笑いながら花弁を撒きつつ走り回り始める。


 昨日までとはまるで違う光景に唖然としていると、いつの間に入って来ていたのか、ブレネントルカが私の隣に立って言って来る。


「この時期に十日ほど訪れる、暖気を祝う祭だ。この辺りじゃ『春』と呼べる期間はこれだけだから、春の精霊の来訪を歓迎し、少しでも長く留まるように祈るらしい」

「そう、なんですか」

「これを待ってたんだ。やっとブレネントへ帰ることが出来る」

「………………」

 視線をブレネントルカの横顔に移すと、満足げな笑みが見えた。


 そういうことだったのか。

 私には知らされていない事情、それも私に関係する事柄ではないかと思っていたのだが、単に彼らの都合だったらしい。

 言われてみれば、遭難の危険性もある猛吹雪の中を、たたでさえ険しい道を進んで命を危険に晒したくないだろう。

 生命を狩ることに貪欲ではあっても、死にたがりではないのは当然のこと。


 そんなことを考えていたから、ブレネントルカが発した台詞の意味が、一瞬理解出来なかった。

「レッタが来たら支度しろ。外に出るぞ」

「えっ!? 今何と仰いました!?」

 

 幻聴が聞こえたような気がしたので、思わず強めに聞き返すと、ブレネントルカはむしろ私がおかしな発言をしたかのように、腕組をして小首を傾げる。

「朝食はまだだな。外の出店で済ませるから、水分補給程度にしておけ」

「そうじゃなくて!」

 会話になっていないので私が思わず身を乗り出すと、その分ブレネントルカは身を引いたが、思い至ったらしく言い直す。


「ブレネントへ向けて出立するのは明日だ。今日は旅路の準備の為に買い物をする。お前の物も買わなくてはならんから、お前も同伴だ。その準備をしろ」

 人差し指を私に向けて言って来たが、一瞬私の頭がおかしいのかと疑った。しかしどう考えても、ブレネントルカの方がおかしいだろう。

 私は捕虜なのだ。


 私の表情から戸惑いが消えないままでレッタが来、それと入れ違いにブレネントルカが出て行ったので、追及の機会がなくなってしまった。



 

 レッタが準備した衣類に着替えて、レッタと共に宿屋の外に出ると、平民服を少し上等にしただけのような格好のブレネントルカがいる。チュニックとズボン、ブーツにベスト、その上に薄手のマントを羽織っている。それでも、彼の石のような筋肉に覆われた巨体は隠しようがない。

 恰好だけは私もレッタも似たようなもので、違いは衣類の形が男性用か女性用かだけだ。敢えて言うなら、私とレッタの服の方が鮮やかさがある。

 それから察するに、私もレッタもブレネントルカも、皇族や関係者ではなく平民として見られたいのだろう。


 それよりも、慣れない大きな喧騒に私が思わず身を竦めると、ブレネントルカが片手を差し出した。

「アマリア」

「………………」

 反応が遅れた。

 私をじっと見つめてから首を傾げるブレネントルカの顔を見て、やっとそれが私の名前だったと思い至る。

 忘れていた訳ではない。ただ。


 ――誰かに名を呼ばれたのはいつぶりだろう。



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