【3-6】白の国から赤の国へ行く途中:6
皿を下げ終わって少ししてからフーレは再度現れ、昼食と夕食、デザートのリクエストはないかと問うて来た。
配慮は嬉しいのだが、私は捕虜の身なのでどう答えるべきかと迷っていると、私の様子を見ていたレッタが、少し私の方に身を屈めて口を挟んだ。
「特に希望がなければ、逆に食べられないものとか、ありませんでしょうか? 好みとは違って、口にしたら体調が悪くなるものとか」
「……特にないと思うわ」
少し考えてからそう言うと、レッタはにこりと笑い、フーレに告げる。
「薬湯と粥は今朝と同じ量で、続けて出して下さい。野菜や肉、魚は調味料や香味を強くせず、出来る限り新鮮なものを。特に肉は、先程出して頂いたハムのように燻製されたものでない場合は、胃に負担がかからないよう、小さく切って柔らかく煮込んだ状態で。あと、卵は必ず加熱したものでお願いします」
「はい!」
レッタの指示にフーレは大きく頷き、部屋を出て行った。
入れ違いに入って来たのは、ブレネントルカだ。
外出していたのか一時私に貸していた毛皮のマントを纏っていた。彼は食事を終えたばかりと見たらしく、私に問うて来る。
「飯は食えたか」
「……ええ」
「全部?」
「ええ、全て」
接し方を測りかねて、敢えて言葉少なに返すと、ブレネントルカは私の顔をつらつらと眺めてから、頷く。
「顔色は大分良くなったな。ただ、動くには早い」
「……?」
動くには早い?
どういう意味か問おうとしたのだが、ブレネントルカの背後にいたらしい、小柄な老人が現れたので、それは叶わなかった。
老人は白髪で腰が曲がった女性で、杖を突きながらゆっくりと歩いて、私に近付いて来る。
柔和な顔立ちで纏う雰囲気もどこか優しいが、私を見ると僅かに目元が厳しくなった。
怒っている訳ではなさそうだが。
「この子かね?」
「ああ。頼む」
老婆の低い声にブレネントルカが頷き、そして、ブレネントルカだけが身を翻して部屋から出て行く。
私だけが何も分かっておらず、そして私には一切説明されない苛立ちが湧いたが、老婆が私の横に椅子を持って来て腰を下ろし、背負っていた鞄から取り出したものを見て、理解した。
老婆は医者だったらしい。彼女は皺の入った細い手で聴診器を取り出すと、私に言った。
「お嬢さん、すまないけど前を開けてくれるかね」
「………………」
私が躊躇いを見せると、老婆は目を細めて頬を緩めた。
「大丈夫だよ。こう見えて、孫を取り上げた経験があるくらいなんだからね」
「あ、いえ……そんなつもりは」
腕前を疑ったように見えただろうか、と私が首を振ったところで、レッタがそっと言って来る。
「……私は席を外した方が良いでしょうか?」
レッタの仕事は私の監視だろうに。
私を気遣った結果、ブレネントルカの機嫌を損ねるようなことになっては申し訳ない。
私は首を振って、ベストのボタンを外し、チュニックの裾を掴んで捲り上げた。
老婆は空気に晒された私の胸元を見て一瞬目を瞠り、しかし何も言わずに乳房の間に金属を当てる。
そうやって心臓の音を聞いた後は、服を降ろさせてから私の手首を取って脈を測り、それから私の舌と喉を診る。
それらが終わると、質問された。
「……最後の月のものはいつだったかい?」
「……ええと……」
問いに答えようとして、止まった。
思い出せない。
数秒間逡巡してから、正直に答えた。
「……分かりません。かなり前からなくなっていて……」
「そうかい」
私の回答を特に気にした様子もなく、老婆は器具を鞄に仕舞った。
器具が鞄に収まり、留め金が小気味いい音と共に締められる。老婆は私とレッタを交互に見ながら、言った。
「しばらくは安静に、栄養のあるものをお食べ。食欲があるなら結構だけど、無理して一気に食べてはいけないよ。胃が弱っているから。水分を取る時は、冷たいものは避けて温かいものを。酒は以ての外。あとは……よく眠ることだね。運動は、したければすればいいけど、短時間だけするように」
特に病気は見つからなかった、ということなのだろう。
私がほっと息を吐くと、老婆は立ち上がって鞄を背負い、それから私の肩を軽く叩いた。
老婆は廊下に続く扉に向かったのだが、ドアノブに手をかけて引く前に、思い出したように言った。
「何かあれば、いつでも連絡をおくれ。どうせ暇だから、すぐに来るよ。体調が悪い時は、決して我慢しないようにね」
「あ……はい」
頷いてしまったが、捕虜の身で医師の診察を受けられている時点でおかしいのだ。
ましてや、不調を訴えたら医師を呼んでもらえると思っていいものかどうか。
だが、私の疑問を感じ取ったのか、レッタが言った。
「よろしくお願いします。……小さな違和感でもいいので、必ず言って下さいね」
最初は老婆に、あとは私への台詞だ。
私が曖昧に頷くと、老婆はまた目を細めて軽く頷き、部屋を出て行く。
そして、また入れ違いにブレネントルカが入って来た。廊下で待っていたのだろうか。
「どうだった」
「治療が必要な病はありませんでした」
「そりゃ良かった。あの婆さんへの報酬は、十分弾んでおくように。ここに滞在する間、世話になるだろうからな」
ブレネントルカは、レッタの報告に満足げに頷きながら指示を出す。
そんな彼を私がじっと見つめていると、ブレネントルカは指先で顎を撫でつつ数秒思案した後、言って来た。
「お前はいわば『戦利品』だ。粗末なもんを国に持ち帰ると、俺の威信に関わる。だから、捕虜ではあるが大事に扱われるんだ。他の意図はない。理解したか?」
「………………」
成程。と私は納得した。




