【3-5】白の国から赤の国へ行く途中:5
自分でベットに入った覚えはないのに、目を覚ますと見えたのは天井だった。
私を運ぶことが出来た人間は一人しかいないので、ブレネントルカと顔を合わせたら礼を言うべきなのか、と悩みながら身を起こす。
早朝より遅い時間帯らしく、カーテンは開けられ、窓からはやや鈍いながらも陽光が差し込んでいる。
頭がすっきりとしているので、清々しい目覚めとも言えたのだが、部屋を見渡しても誰もいない。ブレネントルカは勿論、女騎士も。
私は捕虜の筈なのだが。
それでも部屋は暖かいままだったので、ベッドから降りて窓際に行き、外を見る。
見下ろせる街並みの中には、明かに街の人間ではない旅人の姿が少なくない数見受けられ、観光地のような賑わいとは言えないが、活気が硝子越しにも伝わって来た。
窓を開けようかと思ったが、止めておいた。あちら側に行ける訳でもないのだ。
「お目覚めでしたか」
と声をかけられたので振り向くと、静かに扉を開けていたらしい女騎士が、何が入っているのか、大きな袋を抱えて歩み寄って来た。
「ええ、おはよう」
頷くながら言うと、女騎士は目をぱちくりとさせて一瞬足を止め、そして微笑む。
「おはようございます。よく眠れたようでなによりです」
嬉しそうにそう返されてから、こうやって朝の挨拶をしたのは、いつぶりだろう、と思った。
女騎士はテーブルの上に荷物を置くと、何が楽しいのか笑顔で袋を開け、中から柔らかそうな何かを次々と取り出す。
私が突っ立ったままそれを眺めていると、女騎士は手を止めて私に歩み寄り、ベッドへ行くように促す。
意味が分からないが、従って腰かけると、女騎士がまたテーブルのある場所に戻って、そして取り出したものを両手に抱えて私の元に来た。
「サイズが合えば良いのですが」
そう言いながら、私の座っている横に衣類が並べられる。室内用のスリッパに始まり、やや厚めの生地で出来たチュニック、下履き、ワンピース、ベスト。櫛と髪留めまであった。
ブレネントルカの台詞と併せて考えると、朝一番で買って来たらしい。
私の為に。
そういえば、昨日入浴後に用意されていたのは、それまで着ていたものではなかった。簡素かつ質素ではあるが、清潔で肌触りの良い下着と寝間着。
私が着ていた分はどうしたのだろうと思い、女騎士に口を開きかけたところで、彼女の名前を知らないことに気が付いた。
「……あの。あなたのお名前は?」
「はい?」
「あなたの名前」
もう一度問うと、女騎士は目を細めてにこりと笑い、自己紹介する。
「レッタと申します」
「呼び捨てにしても?」
「はい、気軽にお呼び下さい」
何が嬉しいのか何度も頷かれ、思わず私も頬を緩める。それから、疑問を投げた。
「私が昨日まで着ていた服は、どうしたの?」
「ああ……捨てました」
「えっ」
あっさりと告げられて、呆気に取られる。
レッタは当然のように何度も頷き、しかし何故かやや尖った声を出した。
何かに怒っているかのようだったが、対象は私ではないようだ。
「姫様に、あれはもう必要ありません」
「………………」
きっぱりと言われて絶句したが、不思議と怒りや苛立ちは湧かない。
こうして新しい衣類が用意されているのだから、嫌がらせの類でないことくらい、私にも分かる。
私が口を閉じると、レッタが思い出したように言った。
「まだ顔を洗われていないですよね。お湯とタオルを用意しますので、少々お待ち下さい。着替えは洗顔の後にしましょう。お食事の手配もして来ます」
「え、ええ……」
お湯とタオル? 食事? と一瞬思ったが、レッタが私が頷くと同時に早足で部屋を出て行ってしまったので、見送るしかなかった。
私は捕虜の筈なのだが。
心地良い温度の湯で顔を洗い、レッタが買って来た服に着替えると、ほどなく食事が運ばれて来た。
昨日食べたのとほぼ同じ、しかしやや量が少なめにされた薬湯と粥だったのだが、それだけではない。
少量ではあるが新鮮そうな野菜とハム、それに果物とチーズが載った皿が添えられた。
手際よく配膳するモアナに視線で問うと、微笑みを返される。
「沢山寝たので、お腹も空いてるでしょう。食べられそうだったら、お口に入れて下さいね。もし残されても、ちゃんと私とフーレが代わりに食べますから、お気になさらず!」
そういう言葉と共に胸を張られたので、思わず噴き出してしまった。
食べる前は全部食べられるだろうか、とやや不安だったのだが、最初の一口を含むと手が進み、食べたい、と思う。
時間をかけてゆっくりとではあったが、野菜の切れ端すら残さず、全てお腹に収める事が出来た。
皿を下げに来たフーレが、嬉しそうに目を細め、問うて来た。
「お味はどうでしたか?」
「……美味しかったわ。ありがとう」
そう返すと、フーレは頬を赤くして、それから笑みを深めた。




