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悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【3】囚われの悪女を、王子様が攫ってくれました。(中編)
28/34

【3-4】白の国から赤の国へ行く途中:4


 緊張が抜けた上、温まったからだろうか、私は気絶するように眠ってしまったらしい。

 意識を取り戻した私の目に飛び込んで来たのは、薄暗い部屋の天井だった。


 灯りが点いている様子はないのに、部屋の片隅から赤い光が発せられているので、私は身を起こしてそちらを見た。ベッドから一番離れた場所にある暖炉に、火が点いていた。

 深夜だと察せられる静かさなのに、部屋の中が暖かい理由も分かり、私はゆっくりとベッドから降りると、恐らく私の為に用意された下履きをに足を入れ、一番上に被せられていた毛布を羽織って暖炉に近付いた。


 が、暖炉の前に座っている男を見て足を止める。

 ブレネントルカだ。

 彼は暖炉の前の絨毯の上に行儀悪く胡坐を掻き、ただ火を見つめている。

 火の番と晩酌をしていたらしく、彼の傍らにはワインの瓶とワイングラス、クラッカーの載った小皿が置かれていた。


 私の視線と気配に気付いたらしく、ブレネントルカが私の方をちらりと見、しかしつまらないものを見たかのように目を細めると、言って来る。

「よく眠れたようだな。顔色が良くなった」

「…………」

 表情と台詞のギャップに、返す言葉が出て来ない。

 気まずい思いを誤魔化そうとして扉の方を見ると、壁際に置かれた椅子に座ったまま、女騎士が転寝をしているのが見える。


 彼女は私の監視役では、と思ったのが伝わったのか、ブレネントルカが抑えた声で言う。

「明日は早いから仮眠を取らせている。騒いで起こすなよ」

「騒いだりは……」

 言いかけて、つまり今の私の見張りはブレネントルカ一人、ということなのだと気付いた。

 その割には寛いでいるが、私が逃げるはずがないと確信しているのだろう。

 事実なのだが。


 私がその場に佇んでいると、ブレネントルカが手招きをして暖炉の前に座るように促す。

 従うのは癪だったが、眠りが深かったせいか眠気が再び来るまで時間がかかりそうだ。

 私は不承不承という表情を作って、ブレネントルカと同じ絨毯の上に、しかし彼から少し距離を置いた場所に腰を下ろした。


 ブレネントルカを見るのもおかしい話なので、なんとはなしに暖炉の火を見ていると、最後に火の入った暖炉を見たのはいつだっただろう、と突然疑問が湧いた。

 何故そんなことが思い浮かぶのだろう。


 ――と、

「ここにはしばらく逗留が決まったが、助けは期待するな」

 ぼそりと言われて我に返り、ブレネントルカを見る。

 彼はグラスを持ち上げて、その中の赤い液体を飲み干したところだった。

 私がじっと見つめていると、ブレネントルカは空になったグラスにボトルからワインを注ぐ。


 しかしそれを口元に運びはせず、ただ揺らして眺める。

「カルツの城で大暴れしたからな。兵力の立て直しどころか、俺達を追って来る気力を取り戻すのにすら、時間がかかるだろう」

「でも」

 反射的に声を出すと、ブレネントルカが私を見る。


 私は怯まず彼の金目を睨んで、続けた。

「エドゥアルト様は必ず来てくれるわ。私を助ける為に」

 返されたのは、嘲笑だ。

「お前を? 『ドゥンテルの悪女』を? あの腰抜け王子が?」

「………………」

 知っていたらしい。


 カルツの人間から見た私は『悪女』だった。

 性格が悪く傲慢で、金遣いが荒く、優れているのは美しい見た目だけの、自分が世界の中心だと勘違いした馬鹿な女。

 その悪評はカルツに留まらず、ブレネントまで届いていたようだ。


 だが、ブレネントルカの発言は半分間違っている。

「私は悪女でしょうけど、エドゥアルト様は腰抜けではないわ。優しい方よ。国民を自分の家族のように愛する、国を統べるに相応しい人。――ただ残酷なだけの貴方とは違う」

 早口で一気に言うと、ブレネントルカは小さく笑った。

 小馬鹿にしたようなものではなく、呆れたような失笑だ。


 それに苛立ち、続ける。自分を包む毛布を掴む手に、力を込めながら。

「少し丁寧に扱えば、私を懐柔出来ると思っているのなら、それは大きな間違いよ。私があなた達に気を許すことは、決してない。だって貴方は……私の父を殺した仇だもの」

 言い終えると口を閉じ、唇を噛んだ。


 ブレネントルカは、カルツを襲撃する前に、私の祖国にも牙を剥いている。

 僅かな人数の、しかし精鋭の兵を率いてドゥンテルを蹂躙し、国王である私の父を殺し、たった一晩で国一つを征服したという。

 つまり私は、一人ぼっちだ。家族すらいない。

 その元凶である男にどんなに優しく扱われようが、許せる訳がない。


 ブレネントルカは、暴虐の化身のようなものだ。

 今は静かな横顔を見せていようが、それはブレネントルカが嵐の中心だからであって、彼が僅かでも動けば、周囲を薙ぎ倒すだろう。

 そんな男に、私が一人で立ち向かえる訳がない。


 私がすべきことは、決まっている。

 捕虜としてブレネントに到着しても、決して心を許さないこと。

 言われたことに逆らいはしないが、従順にはならない。

 いつになるか分からないが、エドゥアルト様の助けをじっと待ち、彼と共にブレネントルカを討つ機会を狙う。

 その時まで、小さな刃物を研いでおくのが私の仕事だ。


 ブレネントルカから目を逸らして暖炉の炎をじっと見ていると、ブレネントルカが小さく笑った音がした。

 先のような失笑ではなく、機嫌の良さを隠し切れず、思わず漏らしたような笑い声だった。

 何が彼の機嫌を良くしたのか、それは分からなかったけれど。


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