【3-2】白の国から赤の国へ行く途中:2
カルツの城で路銀を調達したからだろうか、庶民が利用する規模にしてはそこそこ大きな宿に入り、その中の一部屋に私は連れて行かれた。部屋自体も意外に広かった。
火が入れられた暖炉に、部屋の隅では湯が湧かされ、その水蒸気が部屋中に満ちて暖かい。
私は拘束を解かれ、テーブルを囲む椅子の一つに座らされる。正面にはブレネントルカが腰を下ろし、廊下に続く扉の前には騎士が二人、塞がるように立った。
逃げるつもりはないが、逃げようと思っても不可能だろう。
ブレネントルカは何も言わず、しかし興味深そうにつらつらと私の顔をじっと眺めていたので、私が居心地の悪さに身動ぎした所で、扉がノックされた。
騎士が扉を開けると、一人の若い女性――町娘の格好だったので、宿屋の従業員だろう――が何かが載った盆を持って、室内に入って来る。
一体何だろうと私が見ていると、女性は私が着席しているテーブルの上に盆を置き、更にはそこに載せられていた陶器のカップと木製の皿、それと木製のスプーンを置く。
私の目の前に。
カップにはやや濁った液体が入っており、やや深めの木製の器には、何かの煮込みが盛られており、どちらもが湯気を立てていた。
「……これは?」
「薬湯と粥だ。食え」
「………………」
私の疑問にブレネントルカが頬杖を突きながらぞんざいに言ったので、私は眦を上げた。
「捕虜に対する施しのつもりですか。何が入っているかも分からないのに、口にするはずがないでしょう」
素早くそう言って、顔を背ける。
この先どういう扱いを受けるかは分からないが、碌なものではないだろう。
だったらこんな子供騙しに誑かされる私ではない、と、今の内に知らしめておかなくては。
迫力がなかったのは百も承知だ。
私が黙り込んで数秒後、ブレネントルカが言った。
「分かった。おい」
短い発言だったが、それに不穏なものを感じて視線を向ける。
扉の前にいた騎士が一人動き、女性に膝を着かせて剣を抜いていた。
輝く刃が女性の喉に押し当てられるのを見て、私の喉から息が漏れる。
「――何をするの!」
叫ぶと、答えたのはブレネントルカだ。
金目を細めたにやりとした笑みを浮かべ、わざとらしくゆっくりと返して来る。
「お前自身がさっき言っただろう。この女中が、俺の同伴者の食い物に毒を盛った疑いがある。許されんことだ。処刑する」
「わ、私は毒など……!」
「黙れ」
ガタガタと震える女性が発するか細い声を一蹴して、ブレネントルカが騎士に合図をしようとしたところで、私は慌ててスプーンを手に取った。
「食べるわ! 食べますから! だから、その方を殺さないで……!!」
そしてスプーンを湯気を立てている粥に突っ込んでひと匙掬うと、すぐに自分の口に突っ込む。
「うぐ……!」
冷まさずに口に入れたせいで、味わうよりも痛みを感じる。それでも吐き出さずに飲み込んで、ひりひりとする舌と喉に顔を顰めると、
「何やってんだ」
という呆れたような台詞と、笑い声が耳に届く。
ブレネントルカだ。
彼は騎士に顎で合図すると剣を引かせ、女性を部屋から出て行かせる。
私が慌ててブレネントルカと女性の背に交互に視線をやると、ブレネントルカが笑いながら言った。
「食う気になったならそれでいい。早食いしろとは言わん」
「……あの方には手を出さないで下さいますね」
「勿論」
大仰に頷くブレネントルカに胸中で舌打ちし、私はスプーンを持ち直して粥に再度突っ込んだ。
と、思い出したようにブレネントルカが言って来る。
「ゆっくり食うのは良いが、全部食うのが難しければ残すのは構わんからな」
「……?」
本気で言っている意味が分からず、思わず首を傾げると、ブレネントルカは軽く嘆息した。
そして片手をひらひらと振りながら、面倒臭そうに続ける。
「いいから言うことを聞いておけ。捕虜が口答えするな」
「…………。……分かりました」
そもそも、出された食事の量はそう多くはない。残す方が至難の業だろう。
そう思っていた。
冷ましながら少しずつ、薬湯を飲み粥を食べたのだが、半分は食べたところで軽い吐き気が湧いて、スプーンを持つ手が止まる。
それでも、残さず食べなければいけないような気がして、スプーンが宙に浮いたままの態勢で止まっていると。
じっと黙っていたブレネントルカがゆっくりと立ち上がり、私の傍に来るとスプーンを取り上げる。
「そこまでだ」
「え……」
「拷問してる訳じゃない。残してもいいと言っただろう」
「でも……」
「食えるだけ食ったならいいんだ」
ブレネントルカの意図が読めず、私が戸惑っていると、前置きなしに抱え上げられる。
私が小さな悲鳴を上げるのも構わず、ブレネントルカは部屋の隅のベッドまで歩き、その上に私を降ろした。
「休んでおけ」
「………………」
一瞬私の純潔を奪うつもりなのかと考えてしまったが、そうではなさそうだ。
ブレネントルカはベッド脇から離れると、また騎士の一人に合図する。
扉の前から騎士が一人歩み寄って来たところで、ブレネントルカが紹介した。
「何かあればこいつに言え。女同士だから話しやすいだろう」
その台詞に、思わず騎士の顔をまじまじと見る。
精悍な顔立ちだが、確かに女性だった。
彼女はベッドに腰かけている私の前に片膝を着き、穏やかな口調で言って来る。
「姫様。城ではないので、何かと不便なこともあるでしょう。出来る限りのことはいたしますので、遠慮なく仰って下さい」
「何でも聞ける訳ではないがな」
ブレネントルカも補足するようにそう言うと、身を翻す。
そして、もう一人の騎士と一緒に、部屋の外に出て行った。
部屋には私と、女性の騎士だけが残される。
一気に人数が減って閑散とした空気が漂っても、部屋は変わらず暖かかった。




