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悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【2】悪役の顔も三度まで(短編)
23/34

【2-後】悪役の顔も三度まで【前後編】


 エリー・ランスロットは『お姫さま』ではない。


 私、アンジェラ・デインズがいる世界が書かれている小説を好きになったのは、ヒロインであるエリーが強く逞しく、必要とあらばズルさえやってのける人間だったからだ。

 聖魔法を使うヒロインと聞くと、誰もが華奢でか弱く、酷い目に遭っても悲しむだけで憎んだりせず、なんなら悪役に同情したりもするし、綺麗な心で悪役まで虜にする、そんな女性を誰もが思い浮かべるだろう。

 だがエリーは、そういうイメージとは正反対の女性だ。


 とはいえ、エリーが筋骨隆々のマッチョな女という訳ではなく、敵と見做したら容赦はしない、やられたら倍どころか三倍以上返し、自分に手を出したことを後悔させる、つまりはそういう女性だ。

 見た目だけは可憐な少女だから、それに騙された悪役がとにかくありとあらゆる手で彼女を痛めつけようとするが、エリーは知恵(悪い方含む)で立ち回る痛快さが小説の魅力の一つだった。


 が、エリーの成敗の対象が私となると、痛快どころの話ではない。


 間違っても彼女に手は出さない、私の取り巻きにも手を出させない。指示した訳でもないのに、取り巻きのやらかしは私のやらかしと見做されてはたまらないからだ。

 同時に婚約者のチェスターがエリーと仲良くしても、基本は放置。

 チェスターの婚約者という立場上、祝福はしないが邪魔もしない。「未来の夫が判断した上での行動だと解釈し、許容する」というスタンスを取る。


 これを続ければ、傍目には私は「婚約者を奪われた哀れな令嬢」、エリーは「婚約者のいる男に岡惚れしたふしだらな令嬢」、チェスターは「婚約者がいるにも関わらず、そして己の立場も考えず、婚約者以外の女性に手を出した愚かで浮気者の皇子」となる。


 この「アンジェラ・デインズに一切非はない」状態で婚約破棄を宣言されても、当事者以外はどう見るかなど、火を見るより明らかだが、もう一つ懸念がある。物語の強制力だ。

 私がどんなに努力しても、些細な行為がエリーへの攻撃に繋がる可能性がある。

 小説そのものが、私を悪役にする為に。


 なので私は、味方を作ることにした。

 正確には、エリーの味方となる予定のとある男を、私の陣営に引き込んだのだ。


 彼の名はキルケ。

 キルケはエリーよりも不遇な貧民街の生まれで、難病を患っている母親の為に悪どいことをして金を稼いでいたところで、偶然エリーに出会う。

 定番の流れだが、エリーの力で母親を治療してもらうと、キルケはエリーに「何があっても命がけでエリーを守る」と忠誠を誓うのだ。


 小説では、キルケの使う魔法が私の断罪のネックになっている。

 エリーが聖魔法使いならキルケは闇魔法使い。聖魔法に出来ないことは闇魔法で可能となっており、エリーは敵と見做したアンジェラ――私だ――をキルケの闇魔法を使って陥れ、それが決め手となって私は投獄される。


 聖魔法はこの世に有る物・事象を操り強くする術であり、生物の怪我や病気が癒されるのは、その生物が持つ生命力を瞬間的に燃え上がらせるからだ。

 聖魔法には他にも色々あるのだが、一番重要なのは『人や物、場所に残った記憶を読み、第三者に見えるように映像化も可能とする』事。

 一見チートのようだが、聖魔法は無から何かを作り出すことは出来ない。


 聖魔法とは逆に、この世に有る物・事象を操り()()()()()のが闇魔法で、キルケはエリーの為に、もっと言うとエリーを日々虐めるアンジェラを排除する為に、偽の映像を作り出したのだ。

 正確には、エリーが読んだ記憶を元に、捻じ曲げた偽の映像を作ったのだけれど。アンジェラが怪しげな組織と手を組んで、エリーの暗殺を目論んでいる、という内容で。


 つまり、アンジェラが投獄された最後の一手は、アンジェラが実際にエリーにやったあれやこれやじゃないのだが、エリーを本気にさせたのはアンジェラによる嫌がらせなので、アンジェラは全くの無実という訳でもない。


 ともあれ、私はエリーより先に貧民街に行きキルケと接触し、彼の母親をやや強引にデインズ家に連れて行くと、最高級の治療を受けさせた。

 エリーの聖魔法には劣るが、それなりにキルケの母親は回復し、結果、キルケは私の仲間となった。

 キルケは私に恩があるからエリーに協力することはないし、話がどう転ぼうと、キルケの術を封じた段階で、私を断罪するに値すると判断される根拠と証拠は作られないのだ。


 そして、チェスターとエリーがあらすじ通りに惹かれ合って、チェスターが私との破婚を望んでも、投獄さえなければ私の勝ちとも言える。


 それでも気を抜かずに日々を過ごし、私が断罪される予定となっているパーティに挑んだのだが。


 * * *


「アンジェラ・デインズ! エリー・ランスロットに対する数々の非道な行いは、もはや看過することは不可能だ! 私はここにアンジェラ・デインズとの婚約破棄を宣言する!!」


 大勢の貴族がいる中で、深紅のドレスを着た私だけが一人寂しく佇んでおり、私から少し離れた正面には、チェスターとエリーが寄り添って立っている。

 エリーはチェスターが贈ったらしい、鮮やかな蒼のドレスを纏っていた。


「……どういう意味ですか? 私がエリー様に何をしたと?」


 常にはない厳しい表情のチェスターに驚きつつ、私は問い返した。

 ふと私を遠巻きに囲む貴族たちの中にキルケの顔を見つけ、私は愁いを含んだ表情を返した。

 キルケは青褪め、固唾を飲んで見守ってくれている。その様は、多数に対して単身で立ち向かっている私に、手助けをするべきかどうか迷っているようにも見える。


 とまれ、私の問いにチェスターは眦を更に吊り上げ、なおも怒声を上げようとした。

 それを制したのはエリーだ。

 チェスターの隣から一歩前に出て、私を真っ直ぐに見つめる。


「アンジェラ様。人様の――あなたの婚約者であるチェスター様と親しくなった私も悪いのですが、貴族らしく正面から抗議されるなりして下さればよかったのです。あなたが私にしたのは卑怯で、陰湿で――人民の上に立つこととなる皇妃として、相応しい行いではありません」

「ですから、私が何をしたと言うのです! 私にやましいことなどありません!!」


 事実なのできっぱり問い返すと、エリーは一瞬哀し気な――本当に哀し気な顔をして、しかし毅然と続ける。


「あなたはあなたのご友人達に命じて、時にはそのご友人達と一緒になって、私に様々な嫌がらせを行いました。学園では私の勉強道具を盗んで壊したり、大事なものを返して欲しければ、私とあなたの試験の答案用紙を入れ替えろといった脅迫。私について噂も流しましたね。私が教師に身体を売って試験の点数を買ったとか、果ては私がチェスター様と出会う前に、どこの誰とも知れない男性の子を身籠り、しかし堕胎したとか。私の母の形見である指輪を取り上げて、焼却炉に入れて燃やしたこともありましたね」

「そんなこと、私はしていません!!」


 つらつらと悪行を並べ立てられたが、神に誓ってもいい。本当に私は何もしていないのだ。


 エリーが言葉を切ると、すかさずチェスターが彼女の細い肩を抱き寄せ、エリーの目尻に浮いた涙を指先で拭った。

 まるっきり正義の男女と悪役令嬢の図。


 だが、私には切り札がある。

 エリーが並べ立てた悪行には、証拠がないのだ。

 なので私は、胸を張って言った。


「エリー様。あなたの出自や振る舞いをよく思わない輩が、あなたに悪辣な行いをしたのは事実なのでしょう。その点、心底気の毒に思います。しかし……それをやった、もしくは指示したのが私だと、どうして言い切れるのですか? 混乱から来る思い込みで、重大な過ちを犯しておりませんか?」


 私が毅然と告げると、一気に空気が変わる。

 エリーを恨む人物がいたとしたら、私は筆頭に挙げられるだろう。だがその理由は、チェスターの婚約者だから、ただそれだけだ。


 野次馬の中から、私が首謀者だという証拠を出すべきでは? という囁きが生まれる。

 対してエリーはそれに慌てもせず、しかしまた哀し気な顔をした。


「……残念です。素直に過ちを認め、心からの反省を見せてくれさえすれば良かったのに」


 エリーはそう言って、さっと細い腕を振った。

 次の瞬間パーティ会場の中心、シャンデリア近くの場所に光る球体が現れ、映像を映し出した。

 当然、声もついている。

 目の前に流れる映像に、私は目を瞠った。




 二人の少女が、人気のない裏庭で向かい合って佇んでいる場面。

『私が一体、あなたに何をしたの? あなたに嫌われるようなこと、した?』

『ないわよ。嫌いって訳でもない』

『じゃあ、どうして……』

『暇だから。退屈しのぎよ。親もいない彼氏も友人もいないぼっちのあんたなら、玩具には最適でしょ?』

 そう言って、革靴を履いた足で教科書やノートを踏み潰した。


 放課後の教室で、複数の少女が一人の少女を囲んでいる場面。

『あんたがこんな高得点、取れるはずないじゃない。教科書を買い替えるお金もない貧乏人が。先生に身体でも売ったんじゃないの。それともパパ活? 不細工なブス山なんか、買う奴がいたんだ』

『そんなことしてない! 先生の計らいで、転校する子から譲って頂けたの。……私に関する噂、あなたが流したのね』

『私が? 仮定の話をしたら、それを信じた子達が広げちゃっただけじゃない。そんなことまで責任負えないわよ』

『最低……』

 囁くような低い声が耳に届いた瞬間、目の前の少女の髪を掴み、頬を叩いた。


 古ぼけた指輪を抓んで掲げ、両腕を押さえられて身動きが取れない少女に笑っている場面。

『こんなものを学校に持って来ちゃ駄目じゃない。没収ね。不良のブス山の代わりに、優等生の私から生活指導の先生に、渡しておいてあげる』

『返して! お母さんの形見なの! お願い……』

『え、これ、死んだ人間の指輪? ……やだ、気持ち悪。消毒してあげるわ』

 言って、炎の中に指輪を放り込んだ。


 学校の踊り場での場面。

 二人の少女が叫びながら揉み合っている。

『何であんたがあの人と付き合ってるのよ!! 貧乏人のブス山が!! 私が好きな人だって知ってたんでしょ!!』

『――いい加減にして!! もううんざり!! 私が嫌いなら放っておいて!! 無視でも何でもすればいい!! 私をいないものとして扱って!! 私もそうするから、私の目の前から消えてよ……!!』

『お前が消えろ!! 死ね!!』

『あっ……』

 階下に向かって突き飛ばした少女が、ゆっくりと落ちて行き――そして、私の腕を掴んだ。

 それに引っ張られて、視界が回転し、そして。




 

 静寂。


 映像を映す球体が消えても、しばらくの間誰も声を発しなかった。

 私も何か言おうとしたが。喉からは掠れた呼吸音しか出て来ない。


 偽の映像じゃない。紛れもなくエリーと私の過去が映し出されたものだった。

 だけど。


「あ、あんた、まさか……ブス山……?」

 エリーを見ながらようやく発した声に、エリーが微笑んだ。その笑みにはっとして口元を覆うが、遅かった。

 私が脂汗を流し始めると、エリーが言った。顔を上げて、凛とした声を響かせながら。


「皆様、お聞きになられましたね。先ほどの映像に映っていた人物の一人が私だと、アンジェラ様ご自身が認められました」


 その言葉をきっかけに、静寂が消え失せて徐々に喧騒が広がって行く。

 同時に、私へ冷たい視線が降り注ぎ始めた。針のようなそれに痛みすら感じて、私はその場に膝をつき、しかし助けを求めて味方がいる方向を見る。

 そこに見えたのは、青褪め、そして軽蔑を面に浮かべたキルケの顔だ。

 

 キルケから目を逸らして、またエリーを見る。

 その時初めて、エリーと過去の映像に映っていた少女――()()()の顔が全く同じだと気付いた。いや、思い出した。


 チェスターが軽く息を吐き、未だ事態を呑み込めていないらしい観客達に、補足の為の説明をする。


「……エリーが聖魔法によって見せた映像は、エリー・ランスロットとアンジェラ・デインズの前世の姿だ。世界と次元は異なれど、実際にあった出来事であり、そして彼女達の記憶は、エリーとアンジェラに引き継がれている。転生後に違う人間として生まれ変わったとしても、魂が同じであれば同一人物だと言っても過言ではない。あのような人間性を持つ醜い人物を、私は伴侶とはしたくないし、皇妃としての資質もないことは明らかだ。…………」


 チェスターはまだ何か言っていたが、もう何も聞こえない。


 * * *


 チェスターがアンジェラ・デインズとの婚約破棄を宣言した日から、一週間が経った。


「エリー、本当にあれで良かったのか」

「ええ」


 花壇に囲まれた石造りの歩道を歩きながら、チェスターに問われて、私は微笑みながら頷く。

 アンジェラ・デインズの処遇についての話なのだが、私よりもチェスターの方が不満げなので、思わずそこにも笑った。

 だがそれも数秒で止め、空を見上げる。

 今まで幾度となく見た快晴の空だが、生まれて初めて見たような感覚に陥った。


 婚約破棄は出来ても、前世の罪について今世で罰することは出来ない。

 理屈ではそうなのだが、私がチェスターに望めば、その通りになっただろう。

 でも私は、何も望まなかった。


「死刑にでもしない限り、彼女は反省なんてしないでしょう。一度の死を経ても、悔いてすらいなかったのですから」

「……君は彼女を見て、一目で気付いたのにな」


 チェスターが沈痛な面持ちで発した台詞に、また頷く。


「だって……前世の顔とほとんど同じなんですもの。髪の色や瞳の色は流石に違いますけど。それに、あなたや彼女に近しい人に聞いた彼女の性格も、そのままでしたから」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………か」

「前世で、何度も言われました。私に酷いことをするのは、私が人を苛立たせる存在だと教えてやってるんだ、だから私への嫌がらせは教育と同じで、善いことなんだと」


 思い出した途端に思わず噴き出して、肩を揺らして笑ってしまった。


 アンジェラの実家に囚われていたキルケの母親も、チェスターに頼んで保護して貰っている。キルケが言うには、許可なく連れ去られた母親の命を握られていたようなもので、奴隷同然の手下扱いだった聞いた。

 アンジェラ視点では、一体どのような物語になっていたのだろう。


 チェスターの気遣わし気な表情に気付き、目尻に浮いた涙を拭いながら、今度はにっこりと笑う。


「……『仏の顔も三度まで』」

「?」

「前世の世界にある格言です。仏様……ここで言う神様のような存在なんですけど、仏様でも三度無礼な行いをされれば怒るものだっていう意味です」

「……で?」


 先を促すチェスターから目を逸らし、また空を仰ぐ。


「婚約破棄にはなりましたけど、それ以外は特に罰せられもしなかったのだから、アンジェラは懲りずにまた何かをするでしょう。そういう人ですから」

「………………」

「仏様なら三度までは許すとしても、私は仏様じゃないんですから、三度まで許しません。前世で終わらず、彼女が今世でも私に何かしようと企みでもしたら最後、もう遠慮も容赦もしないと決めています」

「……そうか」


 視線を戻すと、やっと安堵を見せるチェスターの顔が見えて、微笑みを浮かべつつ私は心の中で思う。


 転生について言いはしても、私はこの世界が小説の中だとは、誰にも言っていない。アンジェラもそうだろう。

 言っても意味のないことだし、言ったところで何が変わるというのか。

 そして、私はそれを利用するつもりだ。


 少し時間をおいてほとぼりが冷めてから、私は聖魔法でキルケの母親の病気を治療して、彼に恩を売る。

 その目的は言わずもがな、キルケの操る闇魔法だ。

 闇魔法でアンジェラの悪行を映した映像を作り、それを理由に今度こそアンジェラを断罪する。

 聖魔法を操るヒロインである私に仇なそうとしたのだから、誰も文句は言えないだろう。


 今世の罪でアンジェラを罰する。それが私の計画で――この世界はようやく、あらすじ通りの歴史を刻む。


 私は仏様じゃない。だから、今世では三度どころか一度すら許さない。

 偽りの罪を作り上げようとする私は、アンジェラ以上の悪役令嬢なのかもしれないけれど。


 一つ目は、前世のアンジェラを死の巻き添えにしたこと。

 二つ目は、チェスターに嘘の計画を伝えたこと。

 三つ目は、アンジェラを陥れること。


 私の悪行は、それで終わり。

 そこから先は、ヒロインらしく清く正しく美しく、自分以外の誰かの為に聖魔法を使って、皆を幸せにする為に生きる。


 悪役への三度の悪行くらいなら、この世界の神様も許してくれるでしょう?




【悪役の顔も三度まで】……完

 

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― 新着の感想 ―
あなたが選んだ悪役令嬢はすごく面白かったです。ですがその後の悪役の顔も三度までを読んで腑に落ちませんでした。悪役の顔も三度までは人を選ぶと思います。
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