【2-前】悪役の顔も三度まで【前後編】
友達に借りてハマった小説の中の、悪役令嬢に転生してしまった。
「転生」なので、元の私はとうに死んでしまっている。
私は女子高生だった。顔は可愛いとまでは言えないけど愛嬌があり、明るい性格でどんな辛いこともポジティブに変換出来る。
だから友達は多かったのだけど、その友達の一人と学校の踊り場でじゃれあっていた時に、運悪く階段を転げ落ちてしまった。
私が覚えているのはそこまでだけど、こうして転生したのだから、頭を打ったか何かで死んだのだろうと察した。
小説の中の悪役令嬢とはいえ――というか「だからこそ」か――生まれも育ちも良く、少々目力が強いけれど、そこらのモブも霞む美貌、娘の為なら命を捨てても惜しくない親に甘やかされる環境の中、メイドも私の世話を甲斐甲斐しくしてくれる。
これでなんで性格が最悪なんだと思ったけれど、成長するにつれて小説の内容を鮮明に思い出し、納得した。
婚約者の為に長年努力して来たのに、私の代わりとなるヒロインが現れた途端にお役御免となり、婚約破棄されたからだ。
* * *
アンジェラ・デインズ。それが私の名前。
皇族の信頼も厚いデインズ公爵の一人娘で、皇子チェスター・ロイ・ブレイズの婚約者。
プライドも高く気も強い私と比べて、チェスターはおとなしめの性格で、しかし正義感は強い男性だ。
自己評価の低い人間とは基本的に合わない私だが、チェスターについては例外だ。
彼は持ち前の優しさ、輝くような金髪碧眼の見目麗しさで、私との婚約は政治的な意味合いが強かったが、私は彼をそれなり以上に好いていた。
多分、彼も私を好きだったと思う。
私も馬鹿ではないので、生まれや育ち・財力に慢心せずに自分を磨き、チェスターにふさわしい女性になるべく、物心ついた頃から努力を重ねた。
一般教養は勿論、政治方面の知識を詰め込み、淑女としての振る舞いも身に着け、外見磨きも怠らなかった。
なのに、私の家よりも格下のランスロット家の娘、エリー・ランスロットが全てをぐちゃぐちゃにした――というか、これからされることになる。
「ランスロット家の娘」とはいえ、エリーとランスロット男爵に血の繋がりはない。
ランスロット男爵が僻地に遠出した際に事故が起きて重傷を負い、それを近隣の村に住む孤児・エリーが介抱したそうだ。
魔法が普通に存在するこの世界では、庶民でも使えるような魔法を使う為のエネルギーは「魔力」となっている。だがエリーは稀有な魔法である「聖魔法」の源、「神聖力」というものを身に秘めており、それによって瀕死の男爵の命を繋いだ。
その恩を返すべく男爵はエリーを養女に迎え、そして聖魔法に目を付けた皇室の目に留まり、皇子チェスターに出会った――という、典型的なシンデレラ・ストーリー。
正直なところ、彼女がどういう力を持っていようと、それがどんなに特別な物だろうと、私は興味などなかった。
単純に忙しかったこともあるが、格下の家の養女、しかも私に劣る凡庸な容姿の女に、意識を割く時間も勿体ない。
聖魔法を使うという部分が気になりはしても、羨んだところで私が使えるようになる訳でもなし。
問題は、私の住む世界が小説の物語であり、私が断罪される理由がエリーであるということだ。
小説の中の私、「悪役令嬢アンジェラ」は、エリーがチェスターに接近して親密になったことに怒り狂い、エリーをあの手この手で苛め抜き、ついには殺害まで試みた結果、チェスターとエリーによって罪を暴かれ、婚約を白紙に戻され、最終的には投獄される。
そしてチェスターとエリーはお互いの気持ちに気付いて、ハッピーエンド。
勿論、私はそんな風に終わるつもりはない。
エリーという一人の人間を嫌ってはいないが、好いてもいない。前述したように、好き嫌い以前に「興味がない」のだ。
とはいえ、血の滲むような努力をなかったことにされるとなれば、私も対策を練らねばなるまい。
物語の強制力があるとすれば、チェスターがエリーを、エリーがチェスターを好きになるのは止められないだろう。
だが、私の行動一つで私の投獄は避けられなくもない。やってもいない罪で裁かれるほど、この世界は狂っていないのだ。
エリーを虐めるなど以ての外、ましてや、殺害計画など考えることすらしない。
無闇に接触はせず、「顔と名前は知っている」程度の関係を保つ。
皇室やチェスターが間に入ってエリーと顔見知り以上の仲になっても、ほどほどに距離を保ちつつ親切に。
よく考えないまでも、そう難しいことではない。「何もしなければいい」のだから。
なにより、私には「物語の展開を知っている」というアドバンテージがある。
それに、婚約破棄は仕方ないかも、程度に思っていたが、エリーとの関係に気を付ければ、破談も避けられる可能性があることに気が付いた。
私に失態がなければ、チェスターが破談にしたい理由は「エリーに心が移った」だけなのだ。
そんなふざけた理由で、皇室と貴族の思惑によって取り決められた婚約を、易々と破棄出来る訳がない。
よしんば婚約破棄になったとしても、非は完全にチェスターにある。
被害者となる私への償いとして、皇室はそれなりのものを用意してくれるだろう。
私の行動次第で、展開がどう転んでも私に悪いようにはならないのだ。
こんな素晴らしいことがあるだろうか。
私は綿密な計画を立て、情報収集を始めとした行動を開始した。
だというのに。
* * *
「アンジェラ・デインズ! エリー・ランスロットに対する数々の非道な行いは、もはや看過することは不可能だ! 私はここにアンジェラ・デインズとの婚約破棄を宣言する!!」
なにがどうしてこうなった。




