【1-4】三度目のメロディ・バベット・プレオベール:3
一度目のメロディ・バベット・プレオベールの人生、死の瞬間の記憶まで持ったままで、私は違う世界の赤ん坊に生まれ変わった。
正確に言うと、前回の記憶を取り戻したのは物心がついたころで、それまでは普通の赤ん坊として、幼児としての生活をしていた、と思う。
さておき、記憶を取り戻した私は、驚愕した。一度目の人生の世界とは、あまりにも違ったからだ。
石造りとは微妙に違う、コンクリート製の建造物、外を歩けば靴底に当たるのは土ではなくアスファルト、見渡せば恐ろしいスピードの乗り物が無数に走り、見上げれば陽光を反射しながら飛翔する鉄製の鳥。
あまりにも文明が進みすぎた世界だったが、慣れるのにそう時間はかからなかった。
私は私を愛してくれる両親の元で順調に育ち、学校に通って勉強し、そして当たり前のように、医者になるべく頑張った。
今世では前世でやり遂げられなかったことを完遂するのだ、と意気込んでいたが、それは無駄な決意だった。
一度目の人生であんなに私を苦しめた病の数々は、二度目の人生の世界では、既に研究し尽くされた『小さな脅威』でしかなかったから。
良いことではあるとはいえ、正直少し落胆はした私だったけれど、それらを遥かに超える新しい知識の波に、私は溺れるように没頭した。
最初から決まっていたかのように私は医師になり、やがて結婚し、そして子を産み育てた。
二度目の人生で初めて生んだ我が子は、文字通り目に入れても痛くないほどに可愛らしい女の子で、私はその子に『ナタリア』と名付けた。
一時医師業は休んだが、ナタリアの育児に手がかからなくなると、私は仕事に復帰して、医師としての生活を再開した。妻としての自分、母としての自分も間違いなく私だが、医師としての自分が一番身体に馴染む。
そんな私を見て育ったからか、ナタリアは医者を目指すようになり、そしてそうなった。
まるで私の人生をなぞる様に、ナタリアもまた素晴らしい男性と結婚して、妊娠し、子を産んだ。
幸せだった。
幸福で順調な人生を送りながら、約束されていたかのようなナタリアの幸福な人生を眺め――そして私は老衰で死んだ。
私と同じく老いた夫、そして娘夫婦と孫に見送られ、痛みすら心地良く感じるほどの、満足な『死』だった。
前世での恨みも憎しみもいつしか溶けており、思い残すことは何もない死。
このまま魂まで朽ちて終われたならば、どんなに良かったことか。
だが、私はまたも生まれ変わった。
二度目のメロディ・バベット・プレオベールとして、一度目と二度目の生の記憶を持ったまま。
何故、辛く苦しく、暗く冷たい場所に戻されたのだろう。
幸福な記憶が汚されたように思え、消えたはずの黒い感情が復活する。
――いや、新たに生まれたと言うべきか。
その感情を生み出した元凶に復讐しなければ、私は何度でもここに引き戻される。
なんとなくそう思った。
* * *
私が語り終えると、リハルトは形容し難い表情になった。
かなりの時間彼は考え込み、そしてやがて顔を上げる。
「正直なところ……信じ難いです。ですが、あなたの主張以上に納得させられる話が思い付かない」
「別に、信じなくても構いません。ただ、秘密を誰かに知っていて欲しかっただけなので」
私が微笑むと、リハルトは目を伏せた。
「あなたは意地が悪い」
「え?」
「嘘はつかなくても、全ては言わないのですね。それで例え、自分が悪役に思われようと」
私が小首を傾げると、リハルトは苦笑を見せる。
「……あなたは、殿下とナタリアーナ様が感染した病の治療法を知っている、けれど、今のこの世界の文明では到底治療薬は作れない――そうなのでしょう?」
「好意的に考えて下さって、ありがとうございます。けれど、そうじゃなくても治療方法を公開したかどうか」
「いいえ。あなたはそういう人じゃない」
「………………」
何を言っても無駄なようなので、私は話を変えた。
彼が意図的に避けていると見た話題に。
「……殿下は今、どうなさっています?」
「皇宮の一部屋に軟禁されています。一歩たりとも外に出ないように、見張り付きで」
恐らく、病によって死ぬまであのままでしょう。
――そう言い添えられ、そうだろうな、と思う。
私との婚約破棄騒動に加え、婚約パーティで醜態を晒し、更には皇室の血を穢したことになるのだから。
今生きているだけでも、十分優しい終わらせ方とも言えるが、単にジェラルドに構っている暇がないだけかもしれない。
皇妃となる予定だったナタリアーナは勿論のこと、後継者であるジェラルドまでが使い物にならなくなったのだから。
だが、その辺りも大丈夫だろう。――リハルトがいるから。
一度目の人生の時から持っていた疑問だった。
護衛騎士とはいえ、危険視していた私の傍に置かせるほどの、ジェラルドからリハルトへの全面の信頼。
ジェラルドを主としていながら、リハルトからナタリアーナへの感情移入の深さ。
最初の私の死の間際に聞こえて来た台詞は、まるで親しい者へ――というか、身内に向けるようなものだった。
これらに説明を付けられる理由が、ひとつだけある。
リハルト・エルチェ・ステファヌスはジェラルドの腹違いの兄弟で、妾腹の王子だと。
私への敵意は、家系は違えど自分と同じ境遇の、しかし虐げられていると噂されていたナタリアーナに、自分を重ねていたからだろう。
髪の色が異なるからすぐには気付かなかったが、父親が同じだからか、ジェラルドとリハルトの顔立ちはとても良く似ている。
とはいえ、これは私の想像でしかない。リハルトに確認するつもりもない。
この勘が間違っていて、血が途絶えることにより皇室が――というよりこの国がどうかなってしまうとしても、私には関係ない。
父と相談の上で、私は違う国に行くことになっている。二度と戻るつもりはない。
だから、私はリハルトに言った。
「あなたから見て、私は何に見えます?」
「………………」
「悪役令嬢?」
私が微笑んで問うと、リハルトは首を振った。
「いいえ、俺から見れば、どこにでもいる普通の……でも頭の良いご令嬢です」
「……そう」
思わず吹き出してから、私が望んでいた回答だと思い至る。
私はドレスの裾を軽く摘み上げ、リハルトに礼をした。
舞台から降り、あとは消えるだけの役者から、これからの主人公へ。
「……ごきげんよう、リハルト・エルチェ・ステファヌス様。私はこれで、失礼いたします」




