【1-4】三度目のメロディ・バベット・プレオベール:2
デタラメを言うな。
頭がおかしくなったのか。
あたしをそこまで馬鹿にしてるのか。
予想はしていたが、私の物語を聞いたナタリアーナは、そういった言葉を叫んで来た。
ちらりと背後を見ると、リハルトもナタリアーナと同感らしく、彼の視線は完全に頭のおかしい女を見るものだった。
別に構わない。
私は立ち上がり、ドレスに着いた埃と砂を払う。
そして、にこやかに言った。
「私の話がデタラメなら、何故あなたの行動を先読み出来たの? あなたと殿下の企みを失敗させられたの? あなたが動き出す前から、私は準備していたのよ。……まあ、万一あなたの気が変わった時に備えてはいたけれど、その必要はなかったわね」
「く……!」
「私も一度は思ったのよ――自分は気が狂ったんだろうかって。何かの病気に罹って頭がおかしくなって、架空の物語に侵食されたんだろうかって。でも違ったわ。あなたは、私の記憶通りに動いてくれた。笑っちゃうほどに」
私が失笑すると、ナタリアーナは何かを怒鳴ろうとした。だが、口を大きく開いた途端、口蓋からは鮮血が溢れ出す。
「がっ……! かは……!!」
苦し気に肩を上下させ、激しく咳き込むナタリアーナを見て、私はまた笑う。
「下手に動き回らず、安静にしてなさい。そうしたら、少しは死が遠ざかるかもしれないわよ。――尤も、内臓まで病に侵されているから、治ることはないけれど」
言って、身を翻す。
リハルトを視線で促し、鉄格子から離れる為に歩を進めると、聞こえたのが奇跡のような小さな掠れ声が、耳に届いた。
「……ごめ……ん、なさい……おねえ……」
振り返らなかった。
* * *
明るい日差しの下に戻ると、私は大きく深呼吸をした。
塔の前の庭園を進んで行くと、私に続いて外に出て来たリハルトが、声を上げる。
「メロディ嬢。先程言っていたことは……」
「事実よ。信じなくてもいいけど」
「……嘘を言っているようには見えませんでした。でも……」
「でも?」
私が足を止めて振り返ると、先程の恐れを含んだものとは違う瞳が見えた。
「――すべては語ってないですよね」
「………………」
やはり頭のいい男だ。
だけど、促されるままホイホイと教える内容ではないので、質問を返す。
「何故そう思うの?」
「……正直にお答え頂けますか? ここでの会話は、俺の名に懸けて他言しません。だから……」
「――いいわ」
振り向いた姿勢から完全に向き直り、リハルトを見る。
彼はそれでも数秒迷う素振りを見せ、その後に口を開く。
「……ナタリアーナ様の病は、あなたが意図的に感染させた。そうですね」
「ええ」
「だとすると、おかしな部分があるのです」
「何かしら」
「ナタリアーナ様が病に感染した段階で、あなたは治療法を見つけていないといけないことになる」
「………………」
相槌さえせずに私が黙り込むと、リハルトは続けた。
「あなたが先程おっしゃられた、ナタリアーナ様が気が変わった時の備えとは、ナタリアーナ様を治療して病を完治させる方法しかありません。『気が変わった』の意味は、ナタリアーナ様と殿下があなたを陥れようとしないこと、ですから」
「そうね。でも、だとしたら何がおかしいの? ――ああ、あの恐ろしい病の治療法を知っていながら、大勢の患者を放置していたことになるから?」
患者を増やしたことだけでなく、私のしたことは医者としてあるまじき行いだ。
それを非難されるかと思ったのだが、リハルトは首を振った。予想外の仕草に、私は思わず目を瞠る。
そんな私をリハルトは睨むように見据え、続けた。
「違います。あなたがどんなに優秀だろうと、ナタリアーナ様が感染した時点で治療法を見つけていることなど、到底無理なのです」
「………………」
「ナタリアーナ様の症状の進み具合から見て、ナタリアーナ様が感染した――させられたのは、少なくとも2年以上前。かなり早い段階から、あなたの計画は始まっていたことになりますが、あの病の潜伏期間と症状が落ち着く期間を利用すれば、ナタリアーナ様ご本人を欺くことなど容易いでしょう。特に、肌のことを相談されていたあなたなら、何を聞かれても誤魔化し放題だ」
「……よく、そこまで……」
素直に感嘆し、苦笑する。
彼なりに調べたのだろう。短い期間でも私に同行し、患者の症状を直に見たことで抱いた違和感。
あとは、勘だろうか。
「……この時間のずれは、何故なのですか。有り得ない」
「先ほどナタリアーナに言いましたが、二度目の人生だから、では納得出来ませんか」
「あなたが一度目の生で命を落としたのは、今のあなたとさほど変わりない年齢の時でしょう。そして、この国で例の病の感染者が最初に見つかったのは、そう昔ではありません。未知の病の研究には、ただのデータではなく生身の感染者がどうしたって必要になる。治療法を見つけるには、時間が足りない。もしかしたら、感染経路さえも」
「………………」
「あなたは、一体何者なのですか」
リハルトからすれば、それ以外の質問の内容が思い付かなかったのだろう。
だが、奇しくもそれは、正しい質問だった。
私は微笑み、リハルトに返す。
「これが二度目の人生。それは嘘ではありません。――ですが、それはメロディ・バベット・プレオベールとしての話で、私はこれで三度目の生を迎えているのです」
「え……」
一瞬理解出来なかったらしい。が、即座に気付き、何かを言おうとし、失敗した。
だから、私が代わりに言ってあげた。
「一度目のメロディ・バベット・プレオベールの人生を終えた後、二度目の――別の人間としての一生が始まりました。その人生でも死を迎えてから、私はここに戻って来たのです。三度目の人生、二度目のメロディ・バベット・プレオベールとして」




