表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【1】 あなたが望んだ悪役令嬢(中編)
18/34

【1-4】三度目のメロディ・バベット・プレオベール:1


 あの一件から約二か月後、私は馬車に揺られていた。

 私の向かいには、リハルト・エルチェ・ステファヌスが座っている。

 馬車の車輪が立てるごとごとという音が大きく、リハルトの最初の声は聞き逃してしまった。


「……今、なにか?」

「……ええと……大丈夫、でしょうか?」

「何が?」


 私が本気で分からずに問い返すと、リハルトは首筋を撫でてから、目を伏せて返して来る。


「……少し前、俺も一度話を聞きに行ったのですが、その……」

「ああ」


 彼女を見ても大丈夫か、と聞かれたのだ。

 私は微笑み、頷いた。


「大丈夫です。既に知っています」


 * * *


 かつて私が放り込まれた石の塔の最上階に、ナタリアーナはいた。

 リハルトが傍にいるから牢番は下がらせて、私は鉄格子に近付く。時刻は昼だったが、窓は小さく灯りも満足にない上、太陽の角度のせいで目を凝らしても牢の奥は見えない。

 それでも、


「……ニナ」


 私が囁くように呼ぶと、埃の塊のようなものがごそりと蠢き、かろうじて見える場所まで這いずって来る。

 リハルトの息を飲む音が聞こえたが、私は瞬きすらせずに彼女を直視した。

 婚約発表のパーティで見せた、妖精のような美しい顔は、面影すらない。

 

 肌が見えている部分には至る所に赤黒い腫瘍が現われ、顔の中央にある鼻梁の形も変化している。

 病気のせいだけではなく、碌な食事も摂れない劣悪な環境もあるだろうが、ナタリアーナの桃色の髪は老婆のそれのように艶を失くし、更には床のあちこちに、束になって抜けたらしい毛髪が散らばっていた。


 リハルトのような素人にも分かる――『手の施しようもない状態』だ。


「……おねえ、さま」

「ニナ」


 耳に届いた掠れた声に私は膝を曲げて、服が汚れるのにも構わず石床の上に腰を下ろし、妹に微笑みかける。

 と、ナタリアーナは唯一変わらない瞳で私を射抜き、鋭い声を発した。変形した爪で、石床に爪を立てながら。


「あたしが……何をしたって言うの! なんでここまで……! こんな、こんなっ……!!」

「ふ……」


 流石に、全て私の計画だったと気付いたらしい。

 まあ、早くに気付いても遅かっただろうが。


 ――病を治すということは、逆に言えば、どうすれば病気に罹るかを知っている。


 プレオベール家の養女になりながら、得られるものを放棄した無垢なナタリアーナを罠に嵌めるのは、容易いことだった。笑えるほどに。


「ねえニナ。考えたことある?」

「何を……」

「あなた達の計画が成功していたら、貧民街(スラム)にはあなたのような状態の患者が増えていたってこと。そして、大勢死んでいったであろうこと」

「……え……」

「私をどう陥れるかだけ考えて、その()()までは、何も考えていなかったでしょう?」


 私が頬杖を突いて発した問いかけに、ナタリアーナは一瞬黙る。

 だが、恐らくは最初で最後の機会だろうと本能で察したのだろう、先よりも語気を強めて食い下がる。


「そんなの、そいつらの自業自得でしょ! 運命だからと泥沼から逃げようともせず、ただ生きる為に生きてた連中よ!! ――あたしは違う! あたしは自分でチャンスをものにして、這い上がろうと足掻いたの!! あんたさえ――あんたさえ邪魔しなきゃ……!」

「………………」


 一瞬押し黙ってしまったのは、ナタリアーナの言い分も理解出来たからだ。

 ただ、ナタリアーナは掴んだチャンスの使い道を間違えた。彼女自身が望めば、それ以外のものも選べたというのに。


 だが、それを言ったところで無駄だろう。もう遅いのだ。

 ナタリアーナを想って知識を与える時期は、とうの昔に過ぎた。

 もう戻れない。


 それでも、私がナタリアーナに語るものは残されている。

 ずっと胸の内に隠して来た、私の物語だ。


「ねえナタリアーナ、少し長くなるけど、聞いてくれる?」

「………………」


 私の問いにナタリアーナは無言だったけれど、それは拒否ではなく聞き入る姿勢だった。

 それに微笑み、私は口を開いた。






「ある所に、一人の女の子がいたの。自ら選んだ未来が約束されたものだと信じていた、純真な女の子。


「でも、彼女の運命は変わった。腹違いの妹が現れたことで。


「家族の一員として迎えられたその子を、女の子は歓迎した。可愛らしくて、けなげで、努力ではどうしようもないものに押し潰されそうになりながらも必死に生きていた、ひたむきな子だから。


「女の子はね、誓ったの。何が起きてもその子を守ろう。何があってもその子を愛そう。


「でも、女の子はその妹に裏切られた。


「その妹は、女の子の嘘の悪い噂を振りまいて信頼を奪い、女の子の時間を奪い、女の子の婚約者である王子様まで奪った。


「……でも、父親だけは奪えなかった。母親が死んで残された、たった一人の親だけは。


「だからその子は考えた。女の子にでっちあげの殺人未遂の罪を被せて投獄となるように仕向け、女の子の命を盾に父親を思い通りに動かそうと。


「その子は、王子様と王様に計画を吹き込んだ。計画が成功すれば、女の子の父親の持つ国一番の医師の技術、それを思いのままに出来る、と。


「王子様と王様はその提案を受けて、実行した。


「でも、誤算があった。とある一人の騎士が、投獄された女の子の話を聞いて、事件について調べ始めたの。


「それを知った王子様と王様は、焦って計画を早めた。


「騎士が真実に気付く前に、女の子の父親を脅して、自分達に忠誠を誓わせようとしたの。


「結果的に、それは成功しなかった。


「何故なら、ちょっとした手違いから、女の子とその父親は殺されてしまったから。それでこのお話は終わったかに見えた。


「神様か悪魔かは分からないけど、女の子はもう一度この世界に蘇った。生まれた時に時間が巻き戻り、一度目の記憶が残った状態でね。


「女の子は誓ったの。一度目の生で女の子と父親の人生を滅茶苦茶にした人すべてに、復讐をしてやるって。


「腹違いの妹、婚約者の王子様、その父親である王様。


「例え命までは奪えなくとも、名誉を失墜させ、血を汚し、人を見下す場所から引きずり落し、人から見下される場所まで貶めてやるって。


「ニナ。これが誰の話か、あなたに分かる?」



 語り終えた私は、ニナににっこりと微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ