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悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【1】 あなたが望んだ悪役令嬢(中編)
17/34

【1-3】二度目のメロディ・バベット・プレオベール:9


 一転して、ジェラルド達に非難の籠もった声と視線が投げられ始めると、それまで静かにしていたナタリアーナが声を上げる。


「リ……リハルト様! 毒草が何者かの手によって植えられたものだとしても、お姉さまが手ずから作られた薬に毒が混入していたのも事実であり、私の肌の状態が悪くなったのも、お姉さまの薬を塗り始めてからです! 短期間とはいえお姉さまの護衛騎士を務め、少なからず情が湧いたのかもしれませんが――犯罪の隠匿に協力するなど、許されることではありません!!」

「我が名に誓って、私情を交えた擁護などではありません!」


 ナタリアーナの悲痛な声に、きっぱりとリハルトが言い返し、ナタリアーナが一瞬怯むと、その隙に素早く続ける。


「その塗り薬への毒の混入も、有り得ないから言っているのです」

「ど、どういうことだ」


 黙っていると不利になるとでも思ったのか、ジェラルドが口を挟むが、その声は弱々しい。

 対して、リハルトの声は硝子で出来た剣のように、凛として透き通るようだ。


「塗り薬の作成の折、私は薬草の採取から調合まで、ずっとメロディ嬢のお傍にいて見ておりました。使用される薬草も逐一図鑑と見比べながら、薬草ごとの効能や量まで全て、私がこの目で確認したのです。毒草が混じる余地もなく、毒が混入される隙すらありませんでした」

「そっ……」


 とにかく言い返そうとしたのだろう。ナタリアーナが反射的に声を上げ、リハルトが鋭い視線を投げると、息を飲んで身を強張らせる。

 それでも何とか立ち直り、細い身体から声を振り絞った。


「お姉さまは薬の専門家です。リハルト様が傍についていたとしても、いくらでも毒を混入させる機会はあったはず。お姉さまが何かをするだろうという疑いを抱いて、見張っていたのでなければ――」

()()()()()()()()()


 論破の材料を得たとばかりに、ナタリアーナの口元に浮かんでいた笑みが、消えた。


「……えっ?」


 ナタリアーナが呆けた声を出し、リハルトと私を交互に見る。

 私もリハルトに視線を移動させると、リハルトは申し訳なさそうな表情をまた見せた。

 それに私は微笑みを返す。分かっていたことだから。


 リハルトは前を向き、ジェラルドを視線で射貫く。それだけで、ジェラルドは一層顔色を悪くし、一瞬膝から下を震えさせた。

 主のそんな姿を見ながら、リハルトは言う。


「殿下が私にメロディ嬢の護衛を命じられた時点で、メロディ嬢の悪評は私も知っており、そして私は、それが事実だと信じておりました。殿下の護衛騎士である私に、そのメロディ嬢の傍にいるよう取り計らうのならば、本来の命令はメロディ嬢の監視だと思ったのです」

「……俺は……そんなこと、命じてないぞ……?」

「はい。ですが――殿下に仕える騎士であれば、それが当然ではありませんか」


 ジェラルドの震える声を縫い留めるように、鋭くリハルトが返す。


 言われた命令しか遂行しないのは、無能な騎士がすること。

 主に命を捧げ、一挙手一投足に至るまで、全て主の為に。


 しん、と静寂が満ち、誰も声を発しなかった。


「……リハルト様」


 私が小さく嘆息をして声を上げると、リハルトが顔を向ける。

 この断罪場を終わらせるには、もう一つすることがある。


「ナタリアーナの肌の状態を、腕だけでもいいので確認を」

「え……」


 私の台詞に、ナタリアーナが不安を面に出し、手袋に隠された腕で自分を抱く仕草をした。

 別に、この場で裸になれと言った訳じゃないのだが。


「私が確認するよりもいいでしょう。殿下もお許し下さい」

「あ、ああ……」


 ナタリアーナの肌に症状が現れたのは、嘘ではなく紛れもない事実だ。

 だから私の提案は拒否されることなく、受け入れられた。


 リハルトはナタリアーナにゆっくりと近付き、一礼してから彼女の細い腕を取る。

 貴族達に囲まれている状況だが、私やナタリアーナ達からは距離を取っているので、ジェラルドとリハルトにしかはっきりと見えないだろう。


 ナタリアーナの素肌の一部を確認すると、リハルトは私の隣に戻って来て、そっと囁く。

 予想していた内容だったので、私はまた息を吐いてから、更には目を閉じてかぶりを振った。演技だが。


 私の顔に視線を感じたので目を開けると、ジェラルドだった。

 彼の疑問が理解出来たので、問われる前に答える。


「殿下。ナタリアーナの肌は、毒によるものではありません。病による症状です」

「……病?」


 ジェラルドが眉を顰め、リハルトを見る。リハルトも頷き、私の発言が事実だということを告げた。


「殿下への定期報告書に数度書きましたが、我が国の貧民街(スラム)で、感染者が増えつつある原因不明の病です。その感染者の状態と、ナタリアーナ様の症状は全く同じです。幾度かこの目で見ましたので、間違いありません」

「なんだと……」


 ジェラルドが硬い声を出し、僅かな嫌悪を面に出した。しかし一瞬でそれを打ち消して、私に数歩歩み寄る。

 つい先ほどまで、冤罪を被せて陥れようとしていた私に。


「メル。その病気の治療法は見つかっているのか?」

「いいえ」


 私がゆっくりと返すと、ジェラルドは唇を噛んだ。

 その表情を瞬きもせずに見つめながら、私は続ける。


「ですが、感染経路だけは特定致しました」

「感染……経路?」

「はい。予測の段階なので、父にはまだ言っておりません。しかし、かなりの数の患者の情報を照らし合わせた結果導き出されたものですので、確実かと」


 リハルトにすら隠していた事実だからだろう、頬にはリハルトの視線がひしひしと感じられた。

 彼に内心で謝罪しながら、私は訥々と続ける。


「ほぼ全ての感染者が貧民街(スラム)に住む貧民ということで、私が最初に疑ったのは、特定の栄養が足りないことを原因とする病でした。ですが、比較的食事を得られる生活をしている層の人間も感染している。次に遺伝。広い範囲で見れば、血縁関係がない者にも症状が出ているので却下。飛沫感染。症状に咳がないので可能性は低い。では水源。――これも、簡易ではありますが水質検査をした上で、問題はないと判明しました」


 とはいえ場所が貧民街(スラム)だけあって、完全な清潔とは言えませんけど。

 私はそう言い添えて、一息つく。

 それから、核心を告げた。


「残る可能性は――()()です」

「体液?」


 ジェラルドが目を瞠り、しかし今一つ理解出来なかったようなので、私は表情を消すことに努力しながら、頷いた。


「そうです。体液。血液、唾液、それから――精液。そのいずれかに触れたことにより、感染する病です」

「………………」


 ジェラルドが僅かに口を開け、やや早い呼吸を始める。

 だが、私は唇の動きを止めなかった。


「体液の中でも最も感染する確率が高いのは、精液です。それも、感染者の精液を自身の()()に触れさせる行為。この経路で、恐ろしい病は爆発的に広がった模様です」

「つまり……」


 ジェラルドが震えを隠す余裕もなく、か細い声を出す。

 私はそれに大きく頷き、彼の台詞を引き継いだ。


「つまり……()()()()()()()()()()()()()()()()()



 静寂。


 長い沈黙が続き、しばらくは誰も声を出さなかった。

 だが、それをナタリアーナが破る。


「う、嘘よ!! 嘘!! 私はそんなことしてない! 嘘言わないで……!!」

「ニナ……お前……」


 甲高い声にジェラルドが低く呻き、しかしナタリアーナを軽蔑するより先に、また違う事実に思い至ったようだ。

 私をはっと見て、声にならない声を発した。


 やっと気付いたらしい。


「メル……治療、法、は」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 最後まで言わせず、私はゆっくりと返す。



 一方的に、そして身勝手な婚約破棄を突き付けた上、あなたは私の最後の忠告まで切り捨てた。

 あなたが私の忠告に従っていたなら、あなたは無事でいられたのに。



 ナタリアーナが頭を抱えてその場に蹲り、違う、違うとぼそぼそと呟き始める。

 ジェラルドは腰を抜かしたようにくたくたと膝を折り、冷たく硬い床に尻餅を着いた。


 ジェラルドが私を無言で見つめたので、私はドレスの裾を抓み、丁寧で完璧なカーテシーをする。

 そして、笑顔で告げた。



「殿下……ナタリアーナ・バベット・プレオベールとのご婚約、おめでとうございます」

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