【1-3】二度目のメロディ・バベット・プレオベール:7
漆黒のドレスに、漆黒のバラの髪飾り。
首元には華美ではないが存在を強く主張する真珠のネックレス。
それらを戦闘服にして、パーティ会場に一人で訪れた私に、ジェラルドが声高に言った。
「メロディ・バベット・プレオベール! 貴様は我が妻となるナタリアーナ・バベット・プレオベールに害を為そうとした大罪人だ!! 恥を知れ!!」
「お姉さま……私とジェラルド様の婚約を快く許してくれたと思ったのに、何故あんなことを……」
威風堂々と大音声を放つ王子様に、悪女に怒るでもなく瞳を涙で潤ませて哀しむお姫様。
そんな茶番は、多くの貴族が集まっている会場の中心で始まった。
事前に準備されていたらしく、私の背後には兵士が数名控えており、私が動いたら即座に動こうと待ち構えている。
集められた大勢の貴族達は驚きと共にどよめき、しかし、ジェラルドの告発には半信半疑といった感じだ。
ジェラルドは純白の礼服、ナタリアーナも純白のドレスに身を包んでいるが、ナタリアーナの方は肌の露出を限りなく抑えており、桃色の髪は結われて美しい顔も晒されているが、首筋から手首までが白い布かレースに覆われている。
そんな二人に、私は努めて冷静に返した。
「……殿下。何かの間違いではありませんか?」
「この期に及んでしらを切るか!」
「殿下の言う『害を為そうとした』の詳細すら言われておりませんのに、やったと認めるのもおかしいではないですか」
私がきっぱりと言うと、場を見守っている貴族達からもひそひそと声が漏れ始める。
罪の内容を述べてから、改めて問い質すべきでは? と。好奇心もあるのだろうが。
それに押された訳ではないだろうが、ジェラルドは一瞬唇を噛み、しかし己の考えは間違っていないという自信からか、続ける。
「――元々ナタリアーナの肌が弱いことは、貴様だけではなく俺も知っていた。ナタリアーナ専用の薬を、貴様が作っていたこともな。私が貴様への愛情が失せたことを告げ、婚約破棄となったあの日から、貴様はその薬の調合を皇宮医師に任せた。――ここまでは相違ないな?」
「はい。そして数週間前、ナタリアーナの肌の調子が芳しくないことを理由に、私にもう一度薬を作るよう命じられましたね。私はそれを了承し、そのように致しました」
ハキハキとした――というよりも怒りで尖っている声で言い募るジェラルドに、私は肯定して頷く。
それに対して、ジェラルドは蔑むように鼻を鳴らした。
「皇宮に入っても尚、ナタリアーナは婚約破棄の原因が己にあると日々己を責めていたが、貴様が贈ってくれた薬に感激し、毎日少しずつ肌に塗布していた。愛する姉の許しの形だと言ってな。しかし――その薬を肌に塗り始めてから数日後、徐々にナタリアーナの肌は変わり始めた」
「そうですか。それが、私の作った薬のせいだと?」
私が合の手を入れると、ジェラルドは肩を怒らせる。怒りのオーラでマントがはためきそうな勢いだ。
「――それしかないだろう! 皇宮におけるナタリアーナの身の安全は、完璧な状態で保障されている。食事に毒を混ぜることすら不可能だ。もしやと思い貴様の調合した薬を調べさせたら、経皮毒が混入していたのだ! これは皇宮医の調査の結果だぞ、言い逃れするつもりか!?」
「………………」
私が口を閉じると、ジェラルドはトーンダウンし、今度は悲し気な表情を作って――作って、だ――から、指先で顔を覆う。ゆっくりと被りを振るおまけ付きだ。
「……勿論俺も、当初は信じられなかった。恥をかかせた俺とナタリアーナを憎んだとしても、こんな暴挙に出るほどの、頭の悪い女ではなかったはず。だから、密かにお前が管理する温室を密偵に調べさせたのだ。すると――件の経皮毒を抽出出来る毒草が、そこでは育てられていた」
「まあ」
「言うことはそれだけか!?」
前回とは微妙に異なるが、大筋は同じの流れに私が感嘆の声を漏らすと、ジェラルドがまた吠える。
「使われた経皮毒は、一度や二度塗っただけなら自然に治癒する程度の強さだ。だが、長期間に渡って塗布した場合は、ナタリアーナのみならず――彼女の腹にいる赤子の生命も脅かしかねないものなのだぞ!」
ジェラルドの台詞に、貴族達から驚きの声が湧く。
メロディ・バベット・プレオベールが、そんな悪辣非道な行動を起こすとは。
そんな悪女なら、婚約破棄されても当然だったのでは。
婚約の段階とはいえ、未来の皇太子妃が身籠っているとなれば、皇族に手を出したも同然の重罪では。
少数は私に同情的な声もあったようだが、大半がそんな内容。
私はそれらを聞きながら、しばし無言で佇んでいたが、やがて背筋を伸ばして顎を持ち上げ、問う。
「……殿下。殿下がナタリアーナを選んだあの日、私が言った言葉を覚えておられますか」
「? ……」
ジェラルドは数秒間だけ考え込み、そして思い出したらしく一瞬だけバツが悪そうな顔になる。
だが、それも直ぐに消えた。
「確かに忠告を受けたが、それに反したとしたら何だと言うのだ?」
「そうですね。愛し合うお二人を止める権利は、私にはございません。あなた方の幸福を、あなた方なりに護ろうとする今の行動も、それなりに理解出来ます」
私への軽蔑が浮かんでいた表情は、私の言葉で徐々に失せ、代わりに意外そうなものに取って代わった。
「罪を……認めるのか?」
「いいえ、そうではありません。ただ……残念です」
あなたは私の最後の慈悲、命綱を自ら手放したのよ。
私はゆっくりと首を振り、目を閉じる。これはただの時間稼ぎだ。
この会場のどこかで、この顛末を見守っているであろう騎士が、決心を固める為の時間。
あなたが前と変わらず純粋で高潔な『騎士』であるなら、すべきことが分かるでしょう。
「殿下……お待ち下さい。メロディ・バベット・プレオベールは……何の罪も犯してはおりません」
私の隣で足音が止まり、同時に耳に届いたリハルト・エルチェ・ステファヌスの声に、私はそっと目を開けた。




